You're My Only Shinin' Star
-1-







寂しさが、祐巳を包む
始業式の時、三年生が卒業する寂しさに慣れっこにならなきゃって、そう思っていたのに。
でもやっぱり、祐巳は寂しい。

聖さまがご卒業される時…あの時は「もうこれで逢えなくなっちゃうんだ」って思いが強くて。
…実際には聖さまはリリアン女子大に進学されたんだけれど…でもあの時それを知らなかった祐巳は本当に本当に寂しくて。
でも志摩子さんはもっともっと寂しいんだって、お姉さまがいなくなっちゃうんだって…そう思って。

だけど…
選挙も終わって、実質的に山百合会の仕事も祐巳たちブゥトンが中心になるようになって。
あともう少しでお姉さまがご卒業されてしまうんだと思うと…とても寂しい。
大好きな『先輩』のロサ・ギガンティアがいなくなる寂しさとはやっぱり少し違っていて。
こんな思いを去年の今頃、志摩子さんはしていたんだと…今頃になって祐巳には理解出来た。

それに気付いてからの祐巳は、ほんの些細な事にさえ寂しくなってしまうようになってしまった。
ダメだなって思う。
みんなが通り抜けてきた道。
聖さまも、祥子さまも、志摩子さんも。
それが今祐巳にも訪れた。

しっかりと、この寂しさを受け止めて、「大丈夫です」って、「安心してください」って見送らなければならないのに。

そして…こんな時、「どーしたのー祐巳ちゃーん?」なんて声を掛けてくれる聖さまに、ここしばらく逢えていない事も、寂しくて不安な気持ちに拍車をかけているんだって事にも心のどこかで気付いていた。






「おや、祐巳さん、凹んだ顔しちゃって…」
「蔦子さん」

掃除当番を終えて、教室に戻るとパシャリとやられた。
凹んだ顔って云うのなら撮らないでほしいなぁ…

「蔦子さん、クラブハウスには行かないの?」

掃除当番じゃない時はさっさと居なくなってしまうのに、今日はまだカバンも机の上にあって。

「んー?今日はね、ちょっと野暮用でね」

野暮用って…

「また頼まれ撮影会?」
「ご名答」

卒業式をひと月強に控えた今。
蔦子さんは忙しそうに…いや、嬉しそうにカメラ片手に走り回っている。
そういえば去年の今頃もこんな感じだったんじゃないかな?
憧れのお姉さまと一緒に写真を…という人が増えてくる。
かく云う祐巳も、三年のお姉さま方と写真を何度か撮っていた。
…いいのかなぁ、祐巳で…なんて困惑してしまったんだけど。
蔦子さんに云わせると、『記念』なんだから深く考えなさんな、と苦笑されたっけ。

記念。
リリアンを卒業する前に…卒業の準備みたいな…
そう考えると複雑な気分になってくる。
卒業されるお姉さま方は、『卒業』を意識して動いている。
当然といえば当然。
ほとんどの方が冬休みが来る前願書を提出されているんだから。
ほとんどの方がリリアンの高等部を卒業なさった後の事を思いながら動かれているんだ。

当然、祥子さまも令さまも同じで。
祥子さまはリリアン大へ、令さまは外部の大学に行かれるのだとクリスマスに云われていた。

着々と、タイムリミットが近付いてくる。
これから祐巳たちブゥトンは忙しくなる。
こんな事、考えてるヒマも無くなるに違いない。
でもきっと…それでも祐巳の心の一角を占拠し続けるんだろうなっていう確信があった。









…そして、それはそんな忙しい毎日の中で起きた。





寝耳に水…そんな言葉があったっけ。
祐巳は由乃さんの顔を見ながら考えた。

「ちょっと祐巳さんってば、しっかりしてよ?」
「う、うん…?」

なんだか、上手く言葉が脳に届いてこない。
いや、脳が理解する事を拒んでいるのかもしれない。
それほどに、由乃さんの言葉は信じられないものだった。

「でも…それは本当なの?由乃さん」

志摩子さんも信じられないというような顔で聞く。

ちなみに今日は日曜で、ここは由乃さんのお部屋。
令さまは朝からお出掛けとかで、それを見計らわれたカタチで夕べ由乃さんから電話で召集を掛けられた。

「本当。昨日令ちゃんへの電話を聞いてたら…そりゃ令ちゃんの声しか聞こえてないけど、でも話の内容が内容だし」
「…確証は無いんですから、先走ってはいけないのでは?」
「だけど、令ちゃんの受験日とは違うし、リリアン大の優先入試はもう終わっちゃってるし」

腕組みしながら云う乃梨子ちゃんに由乃さんが力説する。
相変わらず落ち着いている乃梨子ちゃんに、思わず祐巳はその半分の落ち着きでもいいから分けて欲しいとか思ってしまう。

…そんな事を考えている時点で現実逃避しているんだろうか。

「でも、もしそれが本当だとしたら…」
「でしょ?志摩子さんだってそう思うでしょう?」

本当だとしたら…

祐巳は心配そうな志摩子さんと息巻いている由乃さんに挟まれるように座りながら、ぼんやりとしていた。
本当だと、したら。

「祐巳さまは何もお聞きになっていないんですか?」
「…え?あ…うん…そんな話は聞いてない」

そう、聞いてない。
祐巳は、聞いてない。

「云わない、のではなく…云えないのではないかしら…」
「でもなんでまた急に……もう内定は貰っているんじゃないですか?リリアン大の」
「ええ…もう戴いているんじゃないかしら」
「…電話じゃ令ちゃん、『締め切りぎりぎりでよく願書が間に合ったものだ』って…祥子さま、急に決めたのかな」

どうしてなんだろう。
全然微塵もそんな素振りは見せてくれなかった。
山百合会に姿を見せてくれる回数が減ってしまっている今だから…だからなんだろうか。
だから祐巳には祥子さまの変化が解らなかったんだろうか。

信じられない。
お姉さまがリリアン大じゃなく外部大学に進学されるかもしれないなんて……

……信じたくない。






…To be continued -2-

20060910