You're My Only Shinin' Star -prelude-





「…聖」

黒く長い髪を風に揺らしながら私を呼ぶ、その人に思わず微笑んだ。

微笑む自分に少し驚きながらも、微笑む事が出来る自分に嬉しくなった。

ホラ、今じゃこんな風に微笑む事が出来るよ。
微笑めるよ。

その人は、未だに2年前の姿のまま。
リリアンの制服に身を包んだ、姿のまま。

その姿しか、私は知らないから。

私は彼女の事をなんにも知らなかったんだな…と思う。
休日にはどんな事をしていたのかも、どんな服を着ていたのかも。
何が好きだったのか、何を嫌いだったのか。
何を考えていたのかも、何に悩んでいたのかも。

本当に、何も知らなかった。

それなのに、何故か全てを知った気でいて。
何もかも、解った気でいて。

解り合えた気で…いて。

多分、彼女も私の事は知らなかったんじゃないか…なんて思う。

あの時、ただ一緒にいられさえすればよかったから。
そんな話をする事が、物凄く不粋にすら思えていたから。

何も知らなくてよかった。
ただ…あなたさえ、いてくれたら…

だから、あなたが私の前から姿を消してしまった…あの日。
私はお姉さまにあなたがもう私の側にいられない遠い所に行ってしまった事を聞いた時。

ただ悲しかった。
ただ、ただ悲しかった。
あなたが側にいてくれない事が。

そして憤った。
あなたが私から離れた事が。

そして…
後悔の念が、私を包んだ。

どんなに悩んだだろう。
どんなに苦しかっただろう。
どんなに…悲しかっただろう。

そんな部分を、私がほんの少し垣間見たのは…シスターになる事を知って、それを問い詰めたお聖堂でだった。
でもあの時の私は、蓉子の口からそれを聞いた動揺と、何も云ってくれなかったあなたへの憤りで察することすら出来なくて。
ただ…責める事と、自分の幼い想いと、独占欲をぶつける事しか出来なかった。

そして…あの最後の日。
あなたはどんな気持ちで、あのお聖堂で私を待っていたんだろう。
私の胸にあんなに素直に飛び込んできた…あなたは。



未だに、あの日のあなたの微笑みは、私の胸に焼き付いているよ。

あなたを思い出すたび、心が痛んだ。
あなたを夢に見るたび、こめかみを涙が濡らしていた。

でも、今はあの日々に微笑む事が出来るようになったよ。
あの日々の自分を、苦く笑いなら…だけど。

夢の中のあなたに、微笑む事が出来るようになったよ。
痛みと後悔しか感じなかった…夢の中のあなたに。

今もあの頃みたいに弱いかもしれないけれど、そんな自分を受け入れられるようになってきたんだ。
弱い私も、『私』だって…あの子は云ってくれたから。
もしかしたら、あなたもそう云ってくれていたのかもしれないけれど、私は気付けなかった。
…ううん。
気付いていた。
あなたのその気持ちに甘えていただけだった。

幼くて、幼すぎて…なんにも見えなかった。

あなたの、弱さ。

ねぇ。
今のあなたは、どんな風かな。
今の私は、どんな風に見えるかな?

ホラ、今の私はこんな風に微笑む事が出来るよ。
笑えるよ。

みんなのお陰で。

あの日から、お姉さまはそれまで以上に私を優しく導いてくれた。
…時には途方に暮れそうになった事もあったけれど。

あの日から、私の中で蓉子はとても大事な親友になった。
江利子も、人知れず心配してくれていた事を知った。

お姉さまが卒業された後…ぽっかりと空いた心を、志摩子が妹として癒してくれた。
…もちろん、お姉さまの代わりなんて、誰も出来ないけれど。

山百合会の仲間たちも、私を『仲間』として見守ってくれていたよ。


そして……あの子とね、出逢ったんだ。





…今も、私はあなたを好きだよ。

その意味合いは、変化してしまったけれど。
本当に、あなたが好きだよ。
あなたの夢を見て、嬉しいと…懐かしいと思うよ。

今、あなたはどうしてる?


―― 栞






……To be continued 「You're My Only Shinin' Star -1-」