agitato
[アジタート:激情的に]
-事情と情事 -祐巳side-」
11




貴女を、私だけの貴女にしたいんです。

これは私のエゴなんです。

でも、好き。
好き、だから、欲しい。

好き、だから…守りたい。
お願い、そのままで、いて。

私に因って、変わって。

いいえ変わらないで。



相反する思いに、祐巳はがんじがらめになっていく。









…『好き』って言葉の意味を、ずっと知ってると思ってた。

でも、本当に知っているのかな。

心を伝える為の言葉。

だけど、『好き』だけじゃ、まだ足りない気がする。
それだけじゃ、伝え切れない。

こんなに、こんなに、祐巳は聖さまが好きだよ。

呟くだけで、切なくなる。
呟くだけで、涙が出そうになる。

「…すき」

聖さまの背中に唇を寄せて、囁く。
祐巳の言葉が、聖さまの肌に沁みこんで、その心まで届けばいい。




「…ん」

まるで、祐巳の願いが届いたかのよに聖さまが身動ぎした。
思わず、密着させていた体を離して、息を飲む。

前髪をかき上げる、その仕草に、ゆっくりと開かれるまぶたに、光を湛えた瞳に、胸が締め付けられるような気持ちになる。

「…ゆ、み…?」

抱きしめていたはずの祐巳が腕の中にいないのに気付いて、聖さまが祐巳の名を呼ぶ。
まだ半分眠っているからなのか、呼び捨て。

ぼんやりした感じが、可愛いって思う。

「…あれ…?」

きょろきょろと見回して、ふと目をこちらに向けて、祐巳を確認する。

「あ…居た…」

ちょっと不安そうな色に変わり始めていた瞳が、安堵したように優しく細められた。
たった…たったそれだけの事に、祐巳の心は切なくなってしまう。

「起こして…しまいましたか…?」
「……眠れないの?」

聖さまが、ゆっくりと体を起こして祐巳の顔を覗き込んだ。

「…なんだか、目が冴えちゃって…」

体は泥のように疲れてしまっているのに、何故か頭はすっきりとしてしまっている。

「聖さまは眠って下さい。聖さまの寝顔を見ていたら、眠れる気がしますから」
「…それ、ちょっとヤダな」

苦虫を潰したような顔をする聖さまに小首を傾げる。

「どうしてですか?」
「寝顔って、自分じゃ解らないじゃない…どんな酷い顔して眠っているか、わかったもんじゃない」
「聖さまの寝顔なら、綺麗ですよ…誰よりも」

そう、この人の寝顔は本当に綺麗な寝顔だから。

「…祐巳ちゃん?」

聖さまが、怪訝そうな顔をしている。
そして、祐巳の頬に指を伸ばす。

「…泣いてた?」

あ。
さっき零れた涙が、跡を残していた事に今更気がついた。

聖さまは、祐巳の体を引き寄せ、抱きしめる。
そして「体、冷えてる」と呟くと、落としたままになっていたパジャマを拾い上げて祐巳の背中にふわりと掛けると、自分もパジャマを羽織って、それからまた祐巳を抱きしめた。

「ねぇ…祐巳ちゃん」
「はい…」

密着した体越しに、改まったような声が聞こえてくる。

「私は…ずるいかな」
「…え」

ふっ、と小さな溜息。

「やっぱり、私はずるいんだろうね…祐巳ちゃんにばかり、選ばせてしまってる」
「聖、さま…?」

何を云っているんだろう。
選んでる?
祐巳が…何を?

密着していた体を離して、祐巳は聖さまを見る。
何処か、苦しそうな、泣き出しそうな表情。

「いつでも、私は祐巳ちゃんに選ばせてしまってるね…大事な事はいつも」

ごめん、と小さく聖さまが呟いた。

祐巳は、解らなくて首を傾げるばかり。
でも、聖さまはそんな祐巳に申し訳なさそうな顔で笑う。

「解らないです…聖さまが何を云ってるのか…私が何を選んでいるんです?」
「全てを」

やけに、はっきりと聖さまが云い切った。
…全て…って?

「私は、祐巳ちゃんに選ばせている。今ここに居てくれているのも…祐巳ちゃんに選ばせた」
「な…にを…」

選ばせている?
選ばされている…?

そう云いたいのだろうか?
聖さまは祐巳に選ばせている、と?

「ちょ、ちょっと待って下さい、聖さま。私は、私の意志で選んでいるのであって、聖さまに選ばされている訳じゃないですよ?」

もし、そう思っているのなら、酷い。
それは、祐巳が自分の意思じゃなく、ここまで来たとでも云われているみたいだ。
そんなのは、あんまりだ。
思わず、涙が浮かんできてしまう。

「私は、選ばされている訳じゃない、聖さまが好きだから、ここに居ます。聖さまは…私が好きだからじゃないんですか?」
「それは勿論好きだから!だから…に決まってるじゃない…!」
「じゃあ私だって同じじゃないですか!私が、自分の意思も持たない、聖さまの考え通り思い通りに動く人形だとでも云うんですか…っ」
「そ…んな事は思った事もない…っ」

聖さまが心底驚いたというように目を見開いた。
でも、祐巳にはそうとしか聞こえない言葉だった。

酷い。
酷い聖さま…っ!

云い成りの人形が…貴女を欲しいなんてと云うだろうか。
云う訳がない。

祐巳は、聖さまが好きだから…だから一緒に居るし、また居たいと思う。

それなのに、そんな事を云われてしまうなんて。

さっきの、信じられないくらいに満たされた感覚は、嘘だったのかとすら思えてきた。

俯いて零れる涙を見せないようにしていた祐巳を聖さまが引き寄せて抱きしめた。
きつく、きつく抱きしめられた。

ふわり…と、さっきの余韻が体に甦る。

それが…先程の行為を証明する。
嘘じゃないと、本当だったと、聖さまの腕が教えてくれた。

きつく抱きしめられて、更に涙が零れ落ちる。

「聖さまが、好きです。だから…私はここにいます…っ」

好きだから、そばにいたいと思った。
好きだから、触れたいって思った。
好きだから、大事にしたいって思った。

だから、聖さまのそばにいる。

「聖さまを好きだから、ここにいるんです…っ!」



しっかりと、聖さまの背中から肩に手を掛けた。

「私は私の意志で…聖さまのそばにいるんです!」
「祐巳ちゃん…」

聖さまが、どこか虚ろ気に呟く。



だから、祐巳はギュッと聖さまにしがみついた。


祐巳は、選ばされたんじゃなく、自分で選んでここにいます。
聖さまの側に居たいから、聖さまが好きだから。

ギュッとしがみつく腕に力を込めた。
しがみついて、離れない。

けれど…聖さまはやっぱり、何処か寂しげたっだ。

どうして、そんな顔をするんだろう。

「で…も…私は、いつも祐巳ちゃんに決めさせているって思う。今日だって…祐巳ちゃんが私を欲しいと云ってくれているのに、最終的には私は……えらそうに『足だって開ける』なんて云ったくせに」
「…聖さま」
「嘘なんかじゃない。私は祐巳ちゃんがホントに私を望んでくれるなら…そう思ってる。でも、ね…私は祐巳ちゃんからそういう事、別にされたい訳じゃない」

聖さまは体を離すと、祐巳の目を見ながらそう云った。
祐巳には、されたくない…聖さまはそう云った。

なんだか、ショック。

「待った。触られたくないとか、そういう意味じゃないから。その証拠に…祐巳ちゃんに触れられれば……」

落ち込みかけた祐巳に聖さまが少し紅くなりながら云った。


「私は、祐巳ちゃんが好きだよ。好きで、好きで…どうしようもなくなる」

切ない表情の中に、欲情を隠し持っている聖さまを見つけてしまって…祐巳は思わずドキリとした。




…to be continued



20050707
加筆修正:20050708

novel tolo