覚悟はとうに出来ていた
(聖祐巳+瞳子)





見かけた時、直ぐに解った。





あの人を、『特別』だって云った、祐巳さま。

――『特別』ってのはね、うーん、なんて云うのかなぁ…ノリって云うのかな、相性とか…そういうのが合うって云うのかな…それに…結構色々助けられてたりするんだ。祥子さまと気持がちょっと擦れ違った時とかに、落ち込んでたりしてる時に近くにいてくれたり、さりげなく言葉をくれたり…。なんかここぞって時の切り札…うん、そう、ジョーカーみたいな人…



以前、祐巳さまはあの人の事をそう云った。



…今、銀杏並木を校門に向って、並んで歩いている祐巳さまとあの人。

『特別』…?

今の祐巳さまとあの人は、『特別』な関係だって事が解った。

あの時、祐巳さまが云った『特別』とは違う、『特別』。



どうして?
何故なんですか?祐巳さま!


叫び出したい。
叫んで、祐巳さまを問い詰めたい。

貴方は祥子お姉さまの『妹』だったんじゃないですか!?


「瞳子?」

立ち止まっている瞳子に、背後から声を掛けてくる人。
その声に、ゆっくりと瞳子は振り返った。

「…どうしたの?瞳子ちゃん?こんな処で…」
「…ロサ・ギガンティア…乃梨子さん…」

白薔薇の姉妹。

…あの人の、妹の志摩子さま。

志摩子さまは、あの光景を見てどう思っているのか…瞳子は無性に知りたくなった。

「…瞳子ちゃん…?」
「ロサ・ギガンティアは…ロサ・ギガンティアは祐巳さまとあの方を、どう思われているのですか!?」
「…え…?」

前方を勢いよく指差す私に志摩子さまは驚いたように瞳子を見る。

「…瞳子…」

乃梨子さんが、なんだか痛そうに瞳子を見ている。

「瞳子ちゃん…貴方…」

志摩子さまが、ポケットからハンカチを取り出すと、瞳子の頬にそっと当てた。


…志摩子さまのハンカチに、瞳子は泣いていた事に気付いた。









「…落ち着いた…?」


志摩子さまが、瞳子の肩に手を置いて、優しく微笑みかけて下さる。
乃梨子さんが、ミルクティーを淹れてくれた。

薔薇の館に連れてこられて、瞳子は何故こんなに涙が出るのか解らないままで泣いていた。

ただ、悲しかった。
そして、腹が立った。

腹が立つ理由は解ってる。

連れ立って歩く、祐巳さまとあの人を見たから。
祐巳さまが以前云っていた『特別』と、違う『特別』に二人の間柄が変わっていたから。

だから、無性に腹が立った。

だって、祐巳さまは祥子お姉さまの妹なのに。
ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンなのに。

それなのに、何故あの人と?
何故?
いつ?
どうして?

何故祐巳さまは、あの人に手を握っているのですか?


「…ロサ・ギガンティア…」
「…何?」
「ロサ・ギガンティアは、聖さまの妹だったんですよね…?」
「ええ…私は佐藤聖さまの妹よ…それが、どうかして?」

乃梨子さんが、瞳子と志摩子さまを何も云わずに見守っている。

何だか、辛そうに。
どうしてそんなに辛そうな顔をするのか、瞳子には解らない。

「なら、何故聖さまは祐巳さまの手を握っているのですか?」
「…何故…って」
「祐巳さまは、祥子さまの…ロサ・キネンシスの妹です。それが、今は卒業されたとはいえ、何故ロサ・ギガンティアの手を取っているのですか…!」

最後を振り絞るように言葉を吐き出した。
志摩子さまに聞いてどうするというのだろう…
そう思いながら瞳子は止まらなくなってしまった口を一生懸命動かす。

「祥子さまに隠れて、こそこそと、二人で…」
「…隠れてなんか、いないわ」
「…え?」
「隠れてなんかいないの…祥子さまは…知っているの」

瞳子は耳を疑った。

だって、志摩子さまは祥子お姉さまが祐巳さまと聖さまの事を知っていると、そう云ったから。

「…嘘です…そんな事が…」

瞳子は笑いたい様な、泣きたい様な、不可思議な思いで志摩子さまを…そして乃梨子さんを見た。

…乃梨子さんが、瞳子から目を逸らした…志摩子さまが、目を伏せた。

「…そ、んな…」

瞳子は信じられなくて…疾走し始める心臓の辺りを手で押さえた。

「…祥子さまに、祐巳さんはハッキリ告げたの…」
「そんな…!それでは、祥子お姉さまは祐巳さまをお許しになったと言うんですか!」
「瞳子、それ、違う」

乃梨子さんが、ちょっと強い口調で云った。

「何が違うと云うんです!」
「人の気持ちは、誰かに許してもらうものなんかじゃ、ないよ」
「乃梨子」
「ごめん、志摩子さん、云わせて。瞳子、人を好きって気持ちは誰かに許されないといけない?許されなかったからって、消える?」

乃梨子さんの真剣な目を、瞳子は何故か見ていられない。

「祐巳さまが、悩まなかったって思う?」
「…それは…」
「聖さまって人を、私はよく知らない。でも、志摩子さんのお姉さまだから…志摩子さんがロザリオを受取った人だから。…そんな人が、ロサ・キネンシスの気持ちとか何も考えてない人だなんて思えない。祐巳さまが悩まない訳ない事、解らない人の筈ない」

「…乃梨子」

志摩子さまが、乃梨子さんを驚いた様な目で見ている。

「ねぇ瞳子、傷付いてない人なんか、いないんじゃない?」
「そ…んなの、優等生な言葉ですわ!」

乃梨子さんの真摯な目に、瞳子は居た堪れなくなった。


乃梨子さんの云う事は間違ってなんかいない。

あの祐巳さまの事、きっと悩んだ筈。

祥子お姉さまのお姉さまと親友だったというあの人が、親友の妹を泣かせて何も感じない訳がない。


でも。
それでも。

胸の中のもやもやとした感情が、暴れている。

それを止めるには。

あの人に逢う事しかないと思った。







「ごきげんよう」

瞳子は、三日目で、やっと捕まえる事が出来た。
祐巳さまと一緒ではない、ひとりでいる時のあの人を。

「…ごきげんよう…えっと…確か…祥子の親戚だったよね?」
「ええ。祥子お姉さまの父方の親戚にあたります、松平瞳子と申します」
「ああ、瞳子ちゃん、ね…前にあった事、あるよね」

梅雨の時期の遭遇。

「覚えていらしたんですね」
「そりゃあ…ね」

微苦笑を浮かべる、彫りの深い綺麗な顔。

「それで?その祥子の親戚の瞳子ちゃんが私に何の御用?」

圧倒される。
挑戦的な態度を多分取っていたと思う。
そのせいなのか、微笑みを浮かべているのに、妙な威圧感があった。


「…祥子お姉さまの、事です」
「へぇ…祐巳ちゃんじゃなく?」

流し目を瞳子に向けながら、何故か祐巳さまを云う。

「何故祐巳さまなんです?」
「…さぁ?で、祥子が何?」
「…なに…って…」

イライラしてくる。

解っていながら聞いてきているに違いない。

「祥子お姉さまが、おかわいそうです!」
「…はあ?」

…to be contined




中書き


執筆日:20040815

早く続きを上げなくてはー