ふたりでお茶を




その声に「聖さま」と呼ばれるのは嫌じゃない。
でも、いつまでも口調が崩れない事はもどかしく思う事がある。






授業で作ったらしいお菓子を綺麗にラッピングして、マリア様の前で渡している場面を、遠目に見る事は良くあった。
けれど自分が高等部の頃は、お姉さまにお菓子を持っていくなんていう可愛い妹では、残念ながらなかった。
今思えば志摩子からも貰った事はなかったっけ。
まぁ、そうと知らずに私宛てのバレンタインのマーブルケーキを美味しく戴いてしまった事はあったけど。

だから、そう云ったんだけど…祐巳ちゃんは目を丸くして驚いていた。

祐巳ちゃんの事だから、祥子に手作りのお菓子とかを渡したりしたんだろうな。
ほほえましいやり取りをしていただろう光景を想像して「羨ましいな」と微笑んだ。

だからなんだろうか。

昨日の夜…21時を過ぎた頃。
祐巳ちゃんからの電話。
まだ電話を掛けてくる事に緊張しているような雰囲気の祐巳ちゃんが云った。

『あの…聖さま。明日の4時頃、何もご用が無かったら…マリア様の前で待ってますから…』


しかし、わざわざ場所指定するなんて珍しい。
そう思いながら携帯を見る。

「3:50…」

少し早く来てしまったと思いながら遠くに目をやる。

「…え?」

思わずポケットに仕舞ったばかりの携帯を取出し、時間を確認してしまった。

PM3:51

なのに祐巳ちゃんが小走りにやってきた。

「聖さまっ」

祐巳ちゃんも私を確認して、驚いた様な顔をした。
まさか私が祐巳ちゃんよりも先に来ているとは思わなかったんだろう。

「お待たせしちゃいましたか?」
「ううん、丁度今来たばかり」

なんだか、昔何気無く見た事のあるドラマや漫画の中の待ち合わせシーンみたいな事を云っているの自分に苦笑する。
ドラマの中なら、こういう科白を云う男の足元にはタバコの吸殻が沢山落ちていたりする。
カップルが立ち去った後、あのタバコの吸殻を誰が掃除するのか、なんて思ったり。

「だけど…祐巳ちゃん、こんなところで待ち合わせなんて…」

珍しいと云おうとした、その時。

「これを、聖さまに貰って戴こうと思いまして」
「え?」

差し出されたのは、小さな、綺麗なラッピングの施された箱。
それを受取って、祐巳ちゃんと箱を交互に見比べる。

「…開けていい?」
「はい」

するりと掛けられているリボンを解いて…
箱の中身はクッキー。

「令さま直伝のクッキーです。聖さまが高等部に在校されていた頃、ヴァレンタインのチョコはあげましたけど返して貰っちゃいましたしね。でも、この間…あの時は貰った事が無いなんて云ってましたけど…聖さまなら他の人からこういうの貰っているんじゃないですか?」

クッキーをひとつ、口に入れると、それはサァッと溶けてしまった。
…あの栞を待ち続けたM駅で食べた令のクッキーによく似ていた。

思わず…あの時お姉さまや蓉子から感じた、温かな思いまで思い出された。
下手をすると、目まで潤んで来てしまいそう。

「…聖、さま?ひゃっ…!」

私は、なんとも云い難い気持ちになって、祐巳ちゃんを抱きしめた。

「…知らない子たちからのは、申し訳ないけど数には入らないよ」
「せ、聖さま」

祐巳ちゃんが居心地悪そうに身じろぐ。

そりゃそうだろう。
なんて云ったってここはマリア様の面前。
しかも人の目がある。

元白薔薇さまと現紅薔薇さまが公衆の面前で何やっているんだかって感じだろう。

キスのひとつもしたい処だけど、そんな事をしたらタダじゃ済まない。

「聖さま…そろそろ…」
「あ、はいはい。嬉しかったから、つい」

拘束を解くと、祐巳ちゃんは真っ赤な顔でその場から歩き出した。
それに笑って後を追う。

「…後輩から、プレゼント体験ってヤツですよ」

追い付いて並んで歩く私にそう呟く。

「後輩からの?じゃあ今度は『恋人からの差し入れ』を希望」
「…へ?」
「なぁに、その顔…祐巳ちゃんにとって、私は今でもただの先輩な訳?」

一瞬惚けた顔をした祐巳ちゃんにちょっとムッとして云う。
するとボンッという音がする様な勢いで顔を赤くした。

「た、ただの先輩とはあんな事出来ませんっ」
「あんな事ってどんな事?」
「なっ」

何云ってるんですかっ!と可哀想な位顔を赤くする祐巳ちゃんに微笑む。
そして肩に手を回してちょっと引き寄せた。




これで、もう少しくだけてくれたら、もっと嬉しいのに。
でも、特定の条件の中でしか、祐巳ちゃんは和んでくれないもんねぇ…
そう、二人きりの時しか。

「ね、これから私の部屋で、お茶しない?」


後書き

執筆日:20040922


何気無い日常って事で(笑)
たまにはこんなのもいいかなーなんて。


novel top