Close the window, open the Door.


見上げると、其処には真っ黒な空に切り抜いた様な、細い月。
無数の小さな星の瞬きは、黒い紙を針で突いたかの様。

まるで、其処から『外』へと世界の光が洩れているかの様な錯覚に襲われた。

雲ひとつ無い、夜空にソンナコトを考えた。
東京の空は夜中でもやはり明るいからか、それとも空気が汚れているからなのか…その両方なのか、等級の高い星しか見えない。



夏に祐巳ちゃんと行った北海道の夜空は凄かった。

プラネタリウムの星たちの様な過剰な星数ではなく、自然な瞬きが優しくて。
それでいて…まるで吸い込まれそうで、恐怖すら覚えた。
「恐い」と私の腕にしがみ付いてきた祐巳ちゃんの感触を、今も鮮明に思い出せた。



「…確かに、恐いよね」


今、独り見上げている夜空。
少ない星と、細い月。

闇に、押し潰されそうに、なる。

思わず私は自分の体を抱きしめた。
足が震えているのは、寒さからじゃないのは、解っている。

闇の威圧と、細い月。

闇に浮かぶ細い月は美しい。
確かに、美しいと思う。

けれど、ジッと見ていると、恐怖に体が震える。


あの時、祐巳ちゃんと見上げた無数の星。
その時に感じた恐怖とは違う種類の性質。

あの時の恐怖は…自然に対する畏怖だ。

でも今感じる恐怖は…何なんだろう。
うまく言葉にする事の出来ないモノ。


「聖…さま…?」

ベランダの硝子越しに月を見上げている私を、目を覚ました祐巳ちゃんが呼ぶ。

「目、覚めちゃった?」
「あ…三日月、ですか?」

まぁ細い月だから三日月だと思うのだろうけれど、これは三日月ではない。
コレは27日位の月。
もう直ぐ、新月。

「何だか、黒い紙を切り抜いたみたいに見えますね」

ベッドから抜け出して、私の横に並んで月を見上げながら云った。

それを聞いて、思わず私は苦笑した。

「…なんで笑うんですか…」

ぷ、っと頬を膨らます祐巳ちゃんに「いや」と前髪をかき上げる。

「私も、似たような事を考えていたから」
「聖さまも?」
「うん」

祐巳ちゃんの肩を抱いて、ベッドに戻る。

「…いつからベランダの前にいたんですか?」
「どうして?」
「手が…冷たいです」

そう云って私のパジャマの腕にも触ってくる。

「ほら、パジャマもすっかり…ほら、体が震えています…寒いなら、ベッドへ早く入って…」

眉を寄せて、私を見上げていた祐巳ちゃんの表情が、急に少し…和らいだ。
どうしたのかと、私は首を傾げた。

「祐巳ちゃん?」
「…それとも…何か恐いんですか…?」

…どうしてそんな事を云うんだろう。

「ううん…少し寒い」

そう云って、祐巳ちゃんを抱きしめた。

祐巳ちゃんの首筋に顔を埋める。
暖かさに、泣けてきた。

ゆっくりと、私の背に手を回して祐巳ちゃんは何かを悟ったよう私の耳に囁く。

「私は…ここにいますよ?」

…思わず、息が止まった。









小刻みに、体が震える。
寒いからじゃないのは、解っている。
快楽に、震える体。

そして恐怖。

恐いから。
『独り』が、恐いから。

そして、祐巳ちゃんが傍にいてくれる、その事実が嬉しくて、恐いから。


ベッドの中は暖かくて。
祐巳ちゃんの体が、温かくて。

窓の外に見える、破璃の様な月は、冴え冴えと冷たくて。
冷たい月は、硝子越しに私を見詰めている。
怯えながら、祐巳ちゃんを抱く、私を。

祐巳ちゃんは、温かな目を向けている。

無機質に冷たい月と、温かな祐巳ちゃん。

そのギャップに、涙が溢れる。

「せ…い、さま…」

荒い息の中、名を呼びながら、私の涙を拭う温かな指。


その温かな指が、更に私を切なくさせる事に、君は気付かない。

気付かれたくなんか、ないけれど。
気付かせたくなんか、ないけれど。

けれど、君は私を抱きしめる。
私が、君を抱いているのに。
そう感じるのは何故だろう。



愛している、なんて軽々しくて云えない。

この気持ちを、君にどう伝えればいい?






後書き

執筆日:20041019


夜中に見る月って好きなんですよ。
特に秋から冬へ向う頃や、真冬。

星も月も冴え冴えとして、美しいんです。

そして、それが恐い。
その恐さに、惹かれるんですけどね。




novel top