agitato[アジタート:激情的に]
-事情と情事 祐巳side-





祐巳は聖さまに『触れて欲しい』って思う。

それと同時に、最近は『触れたい』とも思うようになって。
あの、初詣の夜…聖さまと暖めあうように抱き合ってから…祐巳の大学の事や他いろいろあって、一緒に夜を過ごす事はあっても…そういう、抱き合う事は無くて。
そのせいなのか『触れたい』っていう欲求みたいなのが、段々と大きくなっていって……

…多分。
祐麒が小林君から『そういう本』を借りてる事を知らなければ、もしかしたら、祐巳はこの衝動に気付かなかったかもしれない。

勿論、きっといつかは気付いていただろうと思う。
祐麒の事は、きっかけに過ぎない。
ただちょっと…自覚するのが、早まってしまっただけ。



…ううん…違う。
そうじゃない。

祐巳はもう、知ってた。
聖さまに『触れたい』って、気持ちを。
だから自覚が早まったんじゃない。
強くなったんだ。

聖さまに、触れたい。
いつも聖さまに煽られて、訳が解らなくなって…
それだけじゃなく、祐巳も聖さまを愛したい。
聖さまの肌に触れたい…祐巳ばかりが聖さまに高められて行くんじゃなく、祐巳も聖さまを高めたい。

だけど、祐巳の中にこんな気持ちがあったなんて…
信じられないような、恥ずかしいような…許せないような…不可思議な気持ち。


だけど…祐巳から触れたいって、そう思うのって…聖さまにとってはどうなんだろう…
こんな風に考えてしまうのはイケナイ事なのか……












聖さまのお部屋に伺って、なんとなくいつもと違う緊張感みたいなものを感じていた。
電話でお泊りのお誘いをした時から、その緊張感はあって。

…なんて云うか、そのお泊りの提案自体が、聖さまと向かえる夜の事が、頭の何処かにあるみたいで。

祐巳は一生懸命、その事を頭から追い出そうと、目を逸らそうとしていて。
だって…こんな事を考えているなんて、聖さまには絶対に知られたくなくて。
はしたないと思われそうで…怖くて。

でも、聖さまの何気ない表情とか、祐巳に触れる手とか、そういうものに物凄くドキドキして。
本当に祐巳はどうしてしまったんだろうって。

聖さまの側にいたくて。
聖さまに触れていたくて。






「あ…聖さま、この本は?今日待ち合わせした時に持ってましたよね」

テーブルの上にあった本を手に取って、祐巳はキッチンで食後のコーヒーを淹れている聖さまに尋ねた。

「『The Coffin Dancer』…どういう話なんですか?」
「んー?めちゃくちゃ頭のいい四肢麻痺の科学捜査専門の男とその男の代わりに事件現場を捜査したり検証したりする女捜査官の話。確かこれの前の作品だったかな、映画化されてる」

ぺらぺら…とページを捲ると…うわ、英語だ。
こんなの、祐巳には読めない。
でも、ちょっとでもその雰囲気を感じたくて、祐巳はページを捲った。

「それ、サスペンス系だからホラーみたいに残酷描写、あるよ。怖がりの祐巳ちゃんにはちょーっとアレかもよー?」

ニッと笑いながら云う聖さまに、思わず本をテーブルに置いてしまった。

でも…やっぱり洋書とか、読めちゃう人なんだ…と改めて聖さまを見る。

大学の学部を考えても不思議じゃない。
それにあの『いばらの森』騒動の時、文庫一冊を小一時間で読んでしまって、その時に「日本語だから」と云った。
祐巳は確かあの時それを聞いて洋書とか読めるのかなって思った。
実際、読めてしまうんだな…と改めて思ってしまった訳だけど。

ふぅ、とため息をついてしまう。

本当に、祐巳の好きな人は凄い人なんだなって。

そりゃ、そうだよね。
高等部の頃だって、学年で上位十位内をキープしていて。
大学だって、一般入試で通っちゃった。

「祐巳ちゃん、どうした?」

きゅ、っと聖さまが祐巳を背中から抱きしめてくる。
暖かな、優しい腕。

思わず、祐巳は今まで考えていた事に赤面してしまった。

何考えてたんだろ。
聖さまは、聖さまなのにね。

こんな風に、祐巳を抱きしめてくれる、優しい人。
他の事なんか、どうでもいい事なんだって、思わせてくれる。

「祐巳ちゃん?」
「いいえ。なんでもないんです。ただ、こんな英語の本なら、私だったらどのくらい読むのに掛かるかなって。でも…サスペンスなら…最後まで読める自信がないかも」
「んじゃ、今度このシリーズの映画でもレンタルして観てみようか?」

聖さまのいたずらっ子の顔に、思わず今まで考えていた事が吹き飛んだ。

でも…聖さまの腕を、その身に受けて…祐巳の心臓は、少しずつ、動きが早くなってきてしまう。


段々と、期待や、熱が高まってきてしまう事に気付かされていく。


このままじゃ、聖さまに心臓の音や早さを知られてしまう。
離れたくないけど。
でも。


「せ、聖さま…コーヒー冷めちゃいますよ」


離れたくないけど、もっともらしい理由をつけて、聖さまから離れた。








…to be continued

20050609


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