agitato
[アジタート:激情的に]
-事情と情事 祐巳side-
10






1秒だって、離れたくない。
…離せない…






「…おいで」

聖さまが、祐巳の首の後ろに手を回し引き寄せた。
そしてピッタリ抱き合うと聖さまの唇が祐巳の唇に重なってくる。
途端に、信じられない程の、感覚が背筋を駆けた。

「…ん…っ」

な、に…コレ…
祐巳からしたキスと、何処か違う。
深く、重なる唇から聖さまの舌が入り込んで、祐巳の舌を捕らえた。
祐巳の首の後ろに回されていた聖さまの指が、するり、と背中に滑っていく。

「ふ…っん…」

ぞくぞく、と鳥肌が立つような快感…?
それしか、云い表せる言葉がない。

「…祐巳ちゃん…」

そっと、唇が離れて、柔らかく名前を呼ばれて…体が震えた。
泣きたいような、どうしていいのか、解らないような…感覚。

ただ解るのは、『聖さま』に反応しているという事だけ。

「…好き、だよ…」
「……っ!」

直接、耳に吹きかけられた。
その言葉に熱い体に更なる熱が…まるで、ジリジリと焼き付くような熱さを感じ
た。

今までの言葉だって、熱かった。
なのに…いつもより、更に熱い。

その熱さに耐えられなくて、祐巳は聖さまにしがみついた。

そして、言葉が溢れ出す。

その言葉しか、知らない。
その言葉だけしか、解らない。

「好き…」

どうしようもないくらい。
どうにもならないくらい。

今、祐巳に回された腕が…触れる指が、全てが。

「聖さま…っ」

もう、どうする事も出来ない。
こうして、しがみついていることだけで精一杯。

どうしてしまったんだろう、祐巳は。
どうして…?

たた触れ合っているだけで、声が漏れそう。

「…どうしたんだろう…私は」

聖さまが、切ない表情と声で云う。

「こうして、触れ合っているだけなのに…高まってる」
「…っ」

同じ事を、思っていた聖さまに、祐巳はどうしようもなくなって、口付けた。

唇を重ねて、たくさんの『好き』を聖さまにぶつける。
聖さまの両側の、シーツを握り締めて、なんとか体を支えながら角度を変えながら唇を重ねて。
そうしているうちに、聖さまの腕が祐巳の背中から、腰へと滑り落ちて…それが、耐え切れないくらいの…力が抜けて、聖さまに倒れこんでしまいそうな感覚に襲われた。



その手が…するりと祐巳の腰…おしりに滑り降りて、まだ潤ったままの祐巳の中心へと指が滑った。

「…っ!」

嘘…っ

がくん、と体の力が抜けそうになるのを、なんとか耐えて腕に力を込めた。

「…すごい、ね」

聖さまが酷く艶めかしく微笑んだ。
その表情だけでも、声が上がりそうな程の快楽。

聖さま…聖さま…!

どうしようもない疼きに涙が零れて、聖さまの首筋にぽたぽた落ちていく。
それに、祐巳は舌を這わせて舐め取る。
すると小さく聖さまが声を漏らした。

聖さまが、祐巳に感じてくれてる。
そう思った瞬間、聖さまの指の動きが早まって。
それに合わせるように、祐巳の腰も揺れてしまう。

や、やだ…恥ずかしい…!

聖さまの顔が、間近にあって。
乱れる祐巳をジッと見ていて。
そして、聖さまの感じているような表情が祐巳を更に追い上げる。

信じられない。

だって、祐巳は何も出来ないのに。
何もしてないのに。

でも、聖さまは確かに艶めかしい表情で祐巳を見る。
切なげに、物憂げに眉を寄せて。

その表情を見ているだけで、祐巳の腰は切なさを増して、それを知っている聖さまの指が新たな刺激を加えてくる。

「聖さまぁ…っ」

片手でなんとか体を支えて、空いた手で聖さまの頬をゆっくりを撫でた。
そして、その手を聖さまの胸に。

途端に、祐巳の内の聖さまの指が動きを緩めた。

「…は…っ」

眉をしかめて、何かを耐える表情。
ゾクッと背筋に何かが走る。

「…こら」

聖さまが、妖しく微笑んだ。

「…まだ、私に…したい?」

壮絶に、艶めかしい…その表情は初めて見る表情で。

まだ、したい?
聞かれて、祐巳はどう答えていいか解らなくなった。

一方的は、嫌。
そんなのは、嫌。

じゃあ…今は?
今は、一方的?

いつも聖さまに抱かれていたのと、何かが違う『今』は?

肌が触れるだけで、切なくなる。
唇を重ねるだけで、声が漏れそうなほどの快感。

いつも余裕のありそうな、この人の、こんな表情を見ても…まだ『祐巳ばっかり』なんて、云える?

初めて、見下ろすこの人の切ない、艶めかしい表情…

ズクン、と体の奥に刺激が来た。

「わ…かん…な…い…っ」

内にある、聖さまの指に『欲しい』と知らせる。

触れたい。
欲しい。

それは確かに感じる。

でも、どうしていいのか、解らない。

祐巳の内の知らせに、聖さまの指がゆっくりと動き出す。

「私は…祐巳ちゃんが欲しいよ…いつでも…」
「ひ…んっ」

欲しい。
聖さまが、欲しい。
指の動きに腰を揺らしながら、聖さまの肌に歯を立てる。
それに、聖さまは小さく声を上げる。

その声だけで…祐巳はおかしくなりそうな程。
祐巳が声を上げると、聖さまも切なげに眉を寄せる。

そんな些細な事にも感じてしまう。


もう…祐巳には何がどうしていいのか、解らなくなった。












疲れてしまった聖さまが、眠っている。

そりゃ…そうだよね…

いつもなら触れたらピクリと動いたり目を覚ましたりするのに、今日はそれが全く無い。
完全に、深い眠りに落ちているみたいだ。

祐巳を抱えるように眠っている聖さまの腕から、そっと抜け出しても目を覚まさない。
綺麗な、寝顔。
さっきまでの、艶めかしい表情は完全に隠された。

「…すき」

前髪の先にそっと触れて、呟く。

聖さまは髪に触れられるのがあまり好きではないと云っていた。
でも、祐巳にだけは…それをさせてくれる。

『祐巳ちゃんなら、なんでだろう、解らないけど嫌じゃなかった』

そう云って、照れくさそうに微笑んでくれたのは、いつだったか。

聖さまの背中に回って、横になると、そっと髪に触れる。
さらさら…と滑るクセのない髪。
そして、祐巳は背中に頬を寄せた。

聖さまに、あんなに触れたいって…祐巳ばかりが聖さまに抱かれるのではなく、祐巳も聖さまを抱きたいって思っていた。

なのに…さっき、聖さまに「まだ私にしたい?」と聞かれて…祐巳は解らなくなってしまって。
祐巳がされるみたいに聖さまの内に分け入りたい…そんな風に思っていた。
聖さまを感じさせたい…一方的は嫌だって。

なのに。

今日のは、いつもとは違っていて。
祐巳ばかりじゃない気がして。
聖さまも、感じてくれてる気がして。

それなのに、無理矢理しなきゃいけないのかな、なんて。

ううん。
聖さまは、別に構わないと云ってくれた。
祐巳が本当にしたいのなら…と。

解らない。

抱かれたい。
抱きたい。

祐巳の中の、ふたつの気持ち。

それはどちらもそうだけど…

「わかんないよ…聖さま…」

聖さまを好き。
愛している。

もう、聖さましか、いらない。

でも、聖さまの内に入る事だけが、聖さまを祐巳のものにする事なのかな…と。
今は、聖さまは祐巳のものじゃないのかな…と。
そうしたからって聖さまは祐巳のものになるのかな…?

ただ、解っている事は、聖さまの事がどうしようもないくらい好きだという事。
聖さまが、欲しいという事。


祐巳の目に、規則正しく呼吸を繰り返す聖さまがいる。
肩が、上下する。

祐巳はその背中に寄せていた頬を離して、そっと唇を寄せた。

滑らかな、白い肌。

愛おしくて、泣きたくなる。

「聖さま……好き…」


そう呟いた時、祐巳の目から涙が零れた。




…to be continued



20050706


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