agitato
[アジタート:激情的に]
-事情と情事 祐巳side-






優しく触れた唇がついばむように何度か触れてから、深く重なってきて…思わず眩暈にも似た感覚に襲われた。


その唇が、ゆっくりと離れて…聖さまが祐巳を床に横たえていく。
痛くないようにと、優しく背中に回された腕。

いいのに、と。
強く倒したって、きつく抱きしめたって、いいのにと思う。

聖さまはどんなときも優しい。
でも…今日の聖さまはちょっと違う感じがした。
床に横たえられて、深く深く、口付けられて…舌に触れた熱い舌先に、思わず逃げてしまった祐巳を追いかけてきて、キツく舌を吸われて…甘く噛まれた。
そんな聖さまに、どうしようもなくなってきてしまう。

パジャマのボタンに手を掛けて、でも外さずに聖さまは裾をあげて、そこから手を差し入れてくる。
少しひんやりとした手に、身が竦むような感覚を覚えてけど…

聖さまの舌に絡まれながら、感覚は手の動きを追う。
やんわりと手で包まれる胸に、羞恥が走る。
聖さまの手の中で、胸の先が固くなっていくのを感じてしまった。

逃げたいような、逃げたくないような…不思議な感覚。

まだ慣れない…触れられることに。

自分ですら、触れない。
その場所を、聖さまだけが、触れる。

恥ずかしい…

そして考えてしまう。
小さいって、思われてるんだろうな、なんて。

そんな事を考えている事を知られたのか、聖さまの手が離れた。

あ…やだ。

離れていく事が、寂しい。

そう思ってしまう自分に更なる羞恥を感じた時、ボタンが外されて熱くなっていた肌にスッと風を感じた。
そして、絡められていた舌が離れて行って…その舌が顎から、首筋を伝っていく。
ぞくり、と背筋に何かが走る。

ずるい。
聖さまは祐巳の反応を見ながら、舌を滑らせていく。
反応して、震える体が恨めしい。

「聖…さま…っ」

耐えられなくて、聖さまの髪に指を絡ませた。
そんな祐巳の反応すら、聖さまは楽しんでいるよう。

「ず…るい…」

祐巳ばっかり。
祐巳だって、聖さまに触れたいのに。

聖さまが、祐巳の顔を覗き込んできた。
その、瞳が…潤んだ瞳が、祐巳を艶めかしく見つめる。

祐巳は震える腕に力を入れて、少し体を起こした。

「祐巳ちゃん…?」

深く口付けられていたのと、聖さまの、肌を滑る唇と舌に、どうにも息苦しさを感じていた。
速い心臓…そして荒くなってしまった呼吸を何とかしたいと思いながら聖さまを見つめる。

「ずるい…です…聖さまってば…」
「何…?」

不思議そうに首を傾げる聖さまが憎らしい。
祐巳ばっかり、煽られて。
ご自分は、そんな祐巳を観察して。

「私ばっかり…煽られて…る」

聖さまのパジャマのボタンに手を掛ける。
それを、慌てる事もなく、見つめている。

「私だって…触れたい…し…欲しい…です…」

余裕ですか?
祐巳が聖さまに触れても、別に何も感じませんか?

ちょっとムッとして、祐巳は聖さまの肌に唇を寄せた。
綺麗な鎖骨に唇を寄せる。

「…ん」

聖さまの声が、ほんの少し漏れた。

「すき…」

聖さまの声に、祐巳の気持ちがどうしようもないくらい高まった。
ボタンを全て外して、肩からパジャマを滑り落とした。

白い、肌。
その白い肌に、祐巳は軽く吸い痕を残した。
それでも、聖さまは何も抵抗せず、されるまま。
ただ、切なげな瞳が祐巳を見下ろしていて…ドキリとする。

なんて、綺麗な人なんだろう。
泣きたいくらいに、祐巳はこの人が好き。

「私だって…ずっと欲しかった…触れたくて……そんな時に祐麒の本が…」
「ゆ…みちゃん…」
「あの写真見て…聖さまに触れたいって…思いが強くなって…」
「……っ」

手を、肌に滑らせて。
そして首筋に唇を滑らせていく。

やっと、聖さまがピクリと動いた。
反応してくれた事が、嬉しい。

「…こら…ダメだよ…も…う」

聖さまの手が、祐巳に触れそうで、触れない位置でさ迷っている。
初めて聞いた甘い声に、心臓がドキドキする。

「嫌ですか…?」
「そんなんじゃ…ないって…でも…もうダメ」
「…触れたいんです…」
「…っ!」

途切れ途切れの声。
吐息も、甘くて。

どうしよう…!

泣きそうになってしまう。

祐巳しか、聞いた事のない、聖さまの声。
初めて、聞いた声。

いつもの優しい声とは違う。
甘くて、艶めかしい声。

その声は、祐巳が触れているから。

きゅ、と唇を噛む表情は、凄く色っぽくて…

もっと、見たい。
聖さまの、いろんな顔が…祐巳だけが見られる顔が。

いつも聖さまが祐巳にしているように、手を滑らせる。
しっとりとした、肌に手を滑らせて、柔らかな胸に触れた。
ぴくり、と肩がゆれて…信じられないものを見るように祐巳を見る瞳が、揺れている。

そして…その胸の先に触れた時、切なげに「祐巳…っ!」と呼んだ。

「も、ダメ…だって…っ」
「いや…っ」

手を外そうとしてくる手を、反対の手で掴んで止めた。
いつもなら、簡単に外されてしまうのに、今の聖さまの手の力は弱々しくて、祐巳でも止められる。

「私だって…私だって聖さまに触れたいんです…っ」
「…っあ…!」

きゅ、と胸に置いた手に力を込めると聖さまは眉をしかめて首をすくめた。

ひとつひとつの反応が、新鮮で。

祐巳は、聖さまの手に唇を寄せた。
全てが綺麗な人。
その全てに触れる事を…許して欲しかった。

「ずっと…触れたかったんです…」

そう、もうずっと。
きっと、あの初めて聖さまに触れられた日から。
抱きしめたくて、触れたくて。

祐巳も、聖さまを好きだから。

だから、祐巳ばかりが追い上げられるのはズルいって思った。

「私は…聖さまの手にいつも訳が解らなくなってしまうけど…でも聖さまはそんな私を見つめてて…ずるいって…私ばっかりずるいって…」

ズルい。
聖さまばっかり。
祐巳ばっかり。

ズルい。
祐巳は聖さまをさっきされたみたいに、床に倒した。

「うわっ!」

ごん。

え?
なんか…今「ごん」って…

「痛…っ」

頭に手を当てている聖さまに、ハッとした。
頭、打っちゃった!?

「ご、ごめんなさいっ大丈夫ですか?」
「頭打った…」

やっぱり。

なんでこうなんだろう…聖さまは祐巳が痛くないようにしてくれたのに。

頭を撫でていると、聖さまの目がやんわりと笑いを含んだものに変わっていく。
それが、祐巳の気をそらそうとしている事に、そう出来そうだと思って安心している目だって、気付いた。

「…そんなに、私にされるの、嫌ですか…?」

悲しくなってきてしまった。
気をそらそうとされていることに。
それは、祐巳に触られるのが厭って事なんだろうか…?
そう考えると、やっぱり祐巳が聖さまに触れたいって考える事はイケナイ事なんだろうかって、思う。

すると、聖さまの目が、ふっ…と優しいものに変わった。
そしてそれはすぐに苦いものに変わっていく。

…何故?

「…祐巳ちゃんは、そんなに私にしたいの…?祐巳ちゃんこそ、私にされるのは嫌?」

そう云う聖さまの目が、何処か寂しい感じがする。
誤解された?
聖さまに、されたくないって、思われた?
されたくないから、聖さまに触れてるって?
祐巳は思い切りそれを否定するように頭を横に振った。

「違います!そうじゃなくて…」

そうじゃなくて…

云った途端、気恥ずかしさに目をそらしてしまう。

だって、触られたくない訳じゃない。
むしろ、聖さまには触れて欲しいって思う。
でも…祐巳も触れたいって思ったから。

聖さまに、触れたいって。

祐巳ばかりじゃなく…聖さまも…って。

だから…祐巳は逸らしていた目をしっかりと、聖さまに向けて云った。
解ってほしい。
祐巳だって、聖さまが好きだから。

「…私ばかりじゃなく…私だって聖さまに触れたいんです…好きな人に触れたい…そう思うの、ダメなんですか…?」




聖さまの目が…優しいまなざしが、ふっ、と揺れた。





…to be continued


20050620


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