agitato
[アジタート:激情的に]
-事情と情事 祐巳side-










「ごめん…」


遠くに、聖さまの声がして、祐巳はゆっくりと目を開いた。

見上げると、聖さまの心配そうな…悲しそうな顔。

その顔を見たら、途端に涙が溢れ出した。

「無茶、しすぎた…」

どうして?
何故悲しそうな顔を?

聖さまの肌に頬を寄せて、止められない涙をぬぐう。
もしかして…自己嫌悪してる…?

謝るのなら、しないでほしい。
だって、祐巳は聖さまからなら…受け止められる。
どんなに恥ずかしくても…

それに、最中に聖さまが云っていた。
『…祐巳ちゃんばかり…じゃないよ』と。
祐巳ばかりじゃない…?

「…私ばかりじゃないって…聖さま云ってました…」
「ん?」
「私を抱いてる時…聖さまも…?」

聖さまの顔を覗き込むようにして聞くと…何故だか困ったような顔で笑う。
その表情が…妙に艶めかしい。

どうして求められている気になるんだろう?

「うん…祐巳ちゃんに反応するよ…体が、熱くなる」

ぞくり、と背筋に何かが走った。
声が、まなざしが…聖さまの全てが、祐巳に何かを訴えてくる。

「聖さま…」
「何?」

祐巳は、聖さまのその何かから、思わず目を逸らす。
飲み込まれてしまいそうで…怖い。
でも…離れられない。
だから、これだけは云わなくてはならない。

「私…ひとりが聖さまに愛されるんじゃなくて…私も聖さまを愛したいです…一方的は、嫌…」

精一杯の、言葉。
これだけは、伝えなくてはならない。

「…うん」

聖さまがゆっくりと頷いてくれる。
でも…きっと、聖さまは祐巳にご自分を許されはしないだろう。
解ってしまった。
祐巳は…聖さまには敵わないだろうから。

でも、祐巳は聖さまが好き。
好きで、好きで…たまらない。

そっと、聖さまの唇に触れるだけのキスをする。

貴女が欲しくて…たまらない。
…だから。

「聖さまに…したいんです…私だけが出来る事を…」

祐巳は聖さまの目から避けるように肩に頬を寄せた。

「祐巳ちゃん…?」

聖さまの、ちょっと尖った声が聞こえた。

「それ…どういう意味…?」
「聖さま…?」

顔をあげると、険しい目の聖さまが祐巳を見ていた。
何?
何か…おかしな事、云った?

訳が解らない。
何故…そんな目を…

「祐巳ちゃんしか出来ないとかって…何それ」
「聖さま」
「一体、どうしたい訳?祐巳ちゃんは私を」
「え…」

心臓が、速くなる。
聖さまの急な変化に解らなくて。
どうしていいのか、解らなくて。
ただ、聖さまを見つめる。
それしか出来ない。

そんな祐巳に、ちょっと投げやりな溜息をついて、祐巳から体を離してしまう。
スッと、あんなに熱かった体が冷えていくのを感じた。

や、やだ…!

反射的になんだろうか…祐巳は離れていく聖さまの腕にすがり付いた。

「…離して。パジャマ着るから」
「せ、聖さま…!私、何か間違えました!?」

やんわりと腕を外されて、祐巳はどうしようもなくなってしまう。
…闇夜に放り出されたような、そんな感じ。

そんな祐巳を、聖さまは何処か遠くから見るように見つけてくる。

「…間違えた?間違えるような事、云ったんだ?」
「聖さま…!」

解らない、訳が解らない。
どうして急に聖さまは…

優しかった眼差しは、完全に隠されてしまっている。
だからと云って、冷たい訳でもない…でも、何かが違う。

「…風邪ひく。パジャマ着て」

祐巳を、見ない。
聖さまは、祐巳を見ない。

なんで?
何が?

「聖さま…っ」

見て…こっちを見て…!
祐巳はベッドから離れようと床に足を下ろした聖さまの腕にしがみついた。

「行かないで…行っちゃヤダ…!」

置いて行かれる。
そう思った。
今引き止めなきゃ、何かが変わってしまう気がした。

祐巳の何かが聖さまを怒らせた。
祐巳の何かを、聖さまが誤解した。

解らないけど…

「離して」
「嫌っ」
「祐巳!」

完全に怒っている声に体が思わずビクッとしてしまった。

でも、離さない。
絶対。

「…また、するよ?」

優しい声色が、云った。
でも声の優しさにコーティングされた怒りを感じた。
さっきみたいにされてしまう事のほんの少しの怖さと…それと…

「聖さま…私が聖さまを欲しいと云ったのが、そんなにいけないんですか」

その怒気に負けずに祐巳は聖さまに食い下がった。
だって、欲しいから欲しいと云ってはいけないのか?
思わず、涙がまた溢れてきた。

そんなに、触れたいと、欲しいと思う事はいけないことなの…?

祐巳の頬を流れる涙を見て、聖さまは一瞬動きを止めた。

「…祐巳ちゃん」
「何が聖さまの気に障ったんですか!」
「…そこだよ」

…え。

「祐巳ちゃんの、今のそう云うところ」
「聖さま…?」

溜息をつくと、聖さまは立ち上がりかけていたのをやめて、ベッドに深く腰をおろした。




「…私は、祐巳ちゃんが本気で私にしたいというのなら、いい。今すぐにでも、足だって開けるよ。でも…違うでしょ?」
「聖…さま」

何が違う?

「祐巳ちゃんだけが、出来ること…って、どうしてそんな事考えてるの?なんだか、他の人と比べてるみたい」
「…え?」

解らない、意味がつかめない。

「祐巳ちゃんには、誰にも…私にも、遠慮しないで欲しいのに…何故?」
「せ…聖さま…?」

ゆっくり、聖さまが祐巳を抱きしめて…鎖骨の辺りを強く吸い上げた。



「い、痛…っ」
「…祐巳ちゃんは本当は、何をどうしたいの?」





…to be continued

20050701


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