愛していると君が言う



『愛している』

そんな事、軽々しく云えないって良く云うけれど。
正直、それは私には軽々しい言葉だった。


「愛しているよ、祐巳ちゃん。君とじゃれあっているのは本当に幸せだった。何度か祐巳ちゃんになりたいって思ったよ」
「…『愛してる』って、他の人に云っているんでしょ?」


とかなんとか云ったんだよなぁ…確か。
全く、ムードも何もあったもんじゃない。

ソファに寝転んで、記憶の淵に眠っていた言葉を思い出す。
それは卒業式前日の出来事。
『餞別』を貰って、私はいつ誰にでも云っていた言葉を祐巳ちゃんに云った。

物凄い、違和感があった。
違う、こんな簡単なものじゃない。

そう思ったのだ。
実際祐巳ちゃんも「他の人にも云ってるんでしょ」なんて云ったくらい、信憑性に欠けていた。



「祐巳ちゃん」
「はい?なんですか?」

キッチンで何やら作っている祐巳ちゃんがクルリと振り返る。
手には包丁が握られている。

「愛してるよ」
「…聖さま…何また企んでいるんですか?それにその『愛してる』って誰にでも云っていたでしょ」
「今は誰にも云ってません」
「はぁ、そうですか」

ほら。
この言葉は祐巳ちゃんには効かない。

そりゃそうだ。
云ってる私自身、この言葉に重みも何も感じていないんだから。

祐巳ちゃんへの気持ちは、そんな言葉で云い表せられない。

『大好き』よりも重い。
『愛してる』なんて軽々しく云えない。

私は、祐巳ちゃんの傍に近寄っていく。

「?どうしました?」
「祐巳ちゃん…」

私の声色がいつもと違う事に気付いて、祐巳ちゃんはゆっくりと振り返って私の顔を覗き込む。

「聖さま…?」
「…好き」

口にするたび、胸が苦しくなる。
鼓動が、速くなる。

「好きだよ…」

いつの日か、きっと私の心臓はオーバーヒートしてしまうんじゃないだろうか?

祐巳ちゃんが頬を染める。
解ってくれるんだ、祐巳ちゃんはキチンと。
私の、本気の言葉。
本気の気持ち。
その上で、受け止めてくれる。
それが、私を更に酔わせる。
つい、いい気になってしまってこんな要求をしてしまう。

「…祐巳ちゃん…『愛してる』って、云ってみて」
「え…」

更に頬が赤く染まっていく。
強制で云ってもらう言葉じゃない…解ってる。
でも祐巳ちゃんの声で、その唇で、云って欲しい。

私の口から発せられるその言葉には何故か重みが無い。
私のはそうでも祐巳ちゃんのは違うんだ。
それは私と祐巳ちゃんの間の七不思議のひとつかもしれない。

「あ…いして…ます…聖さま…」

恥ずかしそうに、絞り出すように呟かれる言葉。
それは私を酔わせるのに十分な媚薬にも似た言葉。

同じ言葉なのに、私と祐巳ちゃんではどうしてこんなに重みが違うんだろう。

「もう一度…云って」
「聖さま…っ」

恥ずかしそうな顔。
真っ赤で、今にも零れ落ちそうなほど、瞳が潤んでいる。

「…云って」

私より一回り小さな体に腕を回す。
そしてこめかみに口付ける。

「愛しています…」

その言葉を吸い取るように、唇を重ねた。
それに答えるように祐巳ちゃんの手が私のシャツの袖を握った。

いつも甘い祐巳ちゃんの唇が、いつもよりもずっとずっと甘く感じるのは…何故だろう。




執筆日:20041121


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