あなたに見せてあげたいもの




瞬きが止まって、程なく穏やかな寝息が聞こえてきた。
そっと手を退けると、まぶたを閉じた穏やかな表情が見えた。

…思わず、笑みが浮かんでしまう。

髪を撫でながら、もう少し、このままでいてもいいな、なんて思った。
だって、こんな風に身を預けてくれる事は、あまり無いから。










柔らかな体。
そして柔らかな、温もり。

東京は夜でも熱帯夜とか云ってしまう位暑くて、エアコンは必需品だ。
でもこの地は、湖の傍という事も関係しているのか、それとも北海道の夜は何処もこうなのか、解らないけれど夜風が涼しい。
だからだろうか、こんなに密着していても暑いとは思わなかった。
むしろ、心地いい。

私は、信じられない気持で自分の胸に飛び込んできた祐巳ちゃんを見下ろしていた。

昨日の夜とは、違う。
昨日は「一緒に休みませんか?」と云ってきた。
でも、今日はハッキリと、その唇は告げた。

私に『触れて欲しい』と。
『抱いて欲しい』と。

…どれ程の勇気が要ったのだろうかと思う。
だってホラ、現に祐巳ちゃんの体はずっと震えている。

でも…何故だろう。
私は祐巳ちゃんの言葉を受け入れて実行に移す事が出来ずに固まってしまっている。
それどころか、どうやって祐巳ちゃんの気を逸らそうか、なんて考えていた。

…勿論、祐巳ちゃんに触れたくない訳じゃない。
むしろ、その小さな体を抱きしめて、そして触れたくてたまらない私がいる。

なのに…どうしてなんだろう。
私の心は物凄い葛藤の中にいた。

「…お…望みなら…なんだってするけれど……でも…祐巳ちゃん……?」

喉がカラカラに渇いている感じがする。
でも、どれだけ水分を補給しても、この渇きは納まらないような気がした。

「……信じて、もらえませんか…?」

胸に頬を押し当てながら、呟く祐巳ちゃんに「そうじゃないけど…」と云う。
信じる信じないじゃなく。
そんな事じゃなく。

…私は、どうしてしまったんだろう。
いつもの私なら、他ならぬ祐巳ちゃんからのこんな嬉しい申し出に従わない訳が無い。
こんな事を云われれば、すぐにでもベッドにその体を横たえて、肌に唇を寄せるに違いない。

なのに…今、私は躊躇している。

バスルームで、祐巳ちゃんの体を抱きしめた時。
あの時はあの状況なのに祐巳ちゃんを抱こうとしていた。
だけど今は。

ぐいっ、と祐巳ちゃんの体を引き離した。

「…祐巳ちゃん…ちょっと、待って」

そんな言葉を、口にしていた。
心臓が、まさに早鐘。

「聖さま……」

信じられない、という様な目で私を見ているだろう。
痛いほど視線を感じる。
でも、私は顔を上げる事が出来ずにいる。

何か、云わなくては。
このままではまた誤解してしまう。
私が、祐巳ちゃんに触れたくないのだと、思われてしまう。

むしろ触れたいと思っている私なのに。
真逆の意味に取られてしまう。
それだけは、避けたい。

「ちょっと、待って……心臓が、もたない」
「…え?」

ああ、そうか。
口にして、自分の気持が理解出来た。

本気で自分を求められた事が、恐いのかもしれない。

初めて、こんな風に私を求めてくれた。
それを言葉にしてくれた。
本当に、私を欲してくれている…そう思うと…

私は、心臓を抑えて椅子に腰を下ろす。

「せ…い、さま…?」

祐巳ちゃんが、茫然をしている。
それはそうだろう。
普段の私からは、想像も出来ないはず。
だけど、私はこんなにも動揺し、そして歓喜している。

「…本気、だよね?云った事、後悔してないよね?」

私はゆっくりと祐巳ちゃんを見上げ、云った。
すると祐巳ちゃんは目を丸くする。
そしてその目を躊躇いがちに伏せると、こくん、と頷いた。

「後悔なんて…しません…する訳、ないじゃないですか」
「…うん。そうだね…」

私はそっと微笑んだ。

「私ね、祐巳ちゃん。今、祐巳ちゃんに私を欲しいって云われて、凄く驚いて、そして恐いんだ」
「…え?恐いって…」
「初めて、祐巳ちゃんにそんな事を云われたから。驚いて、嬉しくて、恐い。求められるって事が、こんなにも心を震わせる事だったなんて…知らなかった。私は、求めるばかりだったから」

そう、私は求めるばかりだった。
求めて、求め過ぎて、そして毀してしまうんじゃないかってくらいに求めていた。
でも…

「…それは、聖さまが気付かなかっただけなのかもしれませんよ?」
「え?」
「私は…ずっと聖さまを求めてましたから。私を欲しがってほしくて…そして、聖さまを欲しくてたまらなかった。だから私を見てほしかったんですから…」

祐巳ちゃんが、ゆっくりと私の頭を胸に抱く。

「…好きです…本当に、聖さまが好きです…気持を見せる事が出来るなら、見せてあげたい…それ程、私は聖さまが欲しいです…触れて、くれますか?…そして…触れても、いいですか…?」


こんなにも、祐巳ちゃんは私に勇気を振り絞ってくれている。
頭を抱かれているから、その表情は見えない。
でも、私に触れている祐巳ちゃんの体温が、上がった気がした。
多分、恥ずかしげに頬を染めている。
バスローブの合わせ目から覗く肌が桜色。

こんなにも、私は……


「私も、見せてあげたいよ…どれだけ祐巳ちゃんを好きか」
「見せて、下さい…」

ゆっくりと、抱きしめる腕を解いて、私の顔を見下ろす。
その顔は、いつもの祐巳ちゃんとは、ちょっと違う。
月明かりに照らされて、ほんのちょっぴり、艶っぽい。

「どうやって?」
「…そ、れは…」

すっ、と祐巳ちゃんの頬に朱がさす。
私は祐巳ちゃんの手を引いて、自分に近付ける。
そして、その頬を両手で挟んで、そっと唇を近付けた。

軽く触れる唇は、甘く。
思わず祐巳ちゃんは甘党だし、なんて事を考える余裕が出てきた。

さっきまでの躊躇も、恐怖も、ようやく薄れてきた。

「…見せてあげるから、脱がせてもいい?」





好きで、好きで。
どれ程好きか見せてあげられるなら、見せてあげたい。
そして、見せて欲しい。

もっと私を欲しがってほしい。
私が求めるくらいに。

しかし、驚いた。
祐巳ちゃんのバスローブの下は何も付けていなくて。
それを思わず口にしたら、何も用意せずにバスルームに飛び込んでシャワーを浴びる事になっちゃったから…と恥ずかしそうに呟く。
そういえば、そうだった。
あの時、風邪を引いてしまってはと私はバスルームに祐巳ちゃんを置いてきたんだから。
恥ずかしい…と呟く祐巳ちゃんに私は微笑む。

結果オーライ。



肌と肌が触れ合う事は、とても心地いい。
祐巳ちゃんの少し高めの体温が、更に高くなっていくのを感じるのが、たまらなく好きだから。
肌に舌を這わせて、敏感な処を探りながらの愛撫は、祐巳ちゃんの理性を少しずつ解放して、いつもは隠されている部分を浮き彫りにしていく。
その変化が、たまらない。
可愛い『女の子』の祐巳ちゃんが、『女』に変わるんだから。
しかも、私の手指や、唇や舌で。

そんな事を考えていた時。
不意に祐巳ちゃんが私の肩に手を触れさせた。
そして、すぅ…っと指が滑っていく。
その指が、鎖骨を漂うように滑り、そして胸へと滑っていく。

「…っ!」

思わず、息を飲んだ。
祐巳ちゃんが、私を見上げている。
艶やかな、表情。

その表情を見ていて…さっきの言葉を、思い出した。
祐巳ちゃんは、こう云ったのだ。


『私は聖さまが欲しいです…触れて、くれますか?…そして…触れても、いいですか…?』


私の手の動きに合わせているのか、それとも全くの無意識なのか、解らない。
でも祐巳ちゃんの手が、更に滑る。
そして私の胸を完全に包んだ。

背筋がゾクリとする。

祐巳ちゃんの体の中心が立てる水音…それを響かせる指の動きを、私は少し速めた。
あがる嬌声。
そして無意識なんだろうか、私の胸に触れている指が妖しく滑る。

負けるもんか。

ふと、そんな風に思う自分に、負けず嫌いだな、と思う。
でも、本当に負ける訳にいかない。

私は、どれだけ祐巳ちゃんを好きか、祐巳ちゃんに知らしめなければならない。
見せ付けるのだ。

この、抑え切れない思いを。




執筆日:20050207

こ、コメント差し控えていいっすか?
でも感想は欲しい…
如何でしょう……ひゃー



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