…あの時


「…寒くなってきましたね」

かさかさ、という音を足元に。
銀杏の葉も色付き、はらはらと舞い落ちている。
一面の、黄色。

「うん」

秋は、どうにも寂しい感じがする。
何故なんだろうと考える。
多分色が減っていくからなんだろうと思っていた。

でも、それだけではないのだろう。
…私の、場合は、だけど。

一度でも別れを体験すると、人はセンチメンタルにするらしい。

以前の私なら、そんな事は露にも思わなかった。
ただ、鮮やかな色を無くしていく風景を受け入れていたはず。

「…」
「…」

祐巳ちゃんは、私の隣で何を思いながら歩いているんだろう。

そっと視線も向けると、微笑みながら歩いている。
…その微笑に、私は不思議な気持ちになった。

「祐巳ちゃん…?」
「なんですか?」
「何か良い事でもあった?」
「は?」
「いや、なんか微笑んでて嬉しそうだから」

そう云うと、祐巳ちゃんは目を丸くして、次ににっこりと笑った。

…思わず、その笑顔に見惚れてしまう位の、良い笑顔。

「いえ、なんか色々思い出しちゃったんで…」
「いろいろ?」
「はい。学園祭の準備の頃、山百合会の皆さんと出会って…いえ出会うってのはちょっと違うかもしれませんけど…皆さんとお近付きになって…シンデレラの舞台に立つのを嫌がった祥子さまと三薔薇さまと賭けなんかしちゃって…そして祥子さまの妹になって…私の中で、目まぐるしく世界が変わっていったんです」

祐巳ちゃんが、青い空を見上げながら笑う。

「あの時、賭けを云い出したの、誰だっけ」
「…誰、でしたっけね、きっかけは」

ほんの少し、睨むようにして祐巳ちゃんが私を見ながら云った。

「…へ?私だっけ?」
「…さぁ、解りません。忘れてしまいましたから」
「嘘だ、覚えてるんでしょ」
「知りませんったら。…妥協案を口にしながら賭けを提案する様な人なんて」

やっぱり私か?

「…あの時、初めて逢った私をずっと観察してましたよね…聖さまったら」

ぷ、と頬を膨らませながら云う。

そうだった。
祥子が潰して、これ幸いと『私の妹』宣言した女の子を私はどんな子なんだろうと見ていたんだ。

ころころ変わる表情で、祥子を目で追っていた女の子。
祥子を大好きな、女の子。

その子は今、私の隣を歩いている。

あの時、誰が『今』を想像出来ただろう。
誰にも想像なんて出来なかっただろう。
もちろん、この私自身も。

「…不思議、ですね」

ちょっと拗ね気味だったはずの祐巳ちゃんが急に呟いた。

「あの頃は、聖さまとこんな風に歩くなんて、考えもしなかったのに…こんなに好きになるなんて、思いもしなかったのに…」

祐巳ちゃんの手が、私の手に触れてきた。
ちょっぴり、冷たい。

「え?そう?私は解ってたよ?」

なんてね。
思わず口から出任せを云いながら手を握る。

「嘘ですね。…でも、確か私、まだそんなに親しくないはずなのに、薔薇の館で聖さまとお話して、抱きつかれたんですよね…」

ほんの少し、遠くなってきていた記憶が甦っているのか、祐巳ちゃんが遠い目をしながら呟いた。
…そうだった。
私は何故か、あの頃から祐巳ちゃんの傍にいた気がする。
この人見知りの私が、だ。

もしかして、こうなる予感があったのだろうか。
無意識に、傍にいるほど。

「それは祐巳ちゃんが可愛かったからだよー」
「ぎゃっ!」

握っていた手にチカラをこめてグイッと引くと、久々に怪獣の子供の様な声を上げた。

「お、久し振りだなー祐巳ちゃんの鳴き声」

聖さま!と私の胸に頬をくっつけて真っ赤な顔をして講義する祐巳ちゃんに構わず、抱きしめる。
幸い、周囲には殆ど人は無し。


あの頃はこんな風にしたいと思える人に出会えるなんて、思いもしなかったのにね。

もう誰かを好きになんて、ならないと思っていたのにね。


もう少し先の…イエズスさまと、私の誕生日の前日に姿を消した、この身を捧げても構わないと思った少女以外に、こんなにいとおしいと思える人に出会えるなんて。




後書き

執筆日:20041101

web拍手用に書いていたんですけど…ちょっとアレな感じがしましてSSSに。

秋だねーって事で、初心に返って出会ったあの時の事を。



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