ある夢の終わりに



愛しい少女は夢の世界の中にいる。
一体、どんな処にいるんだろう。
隣に私は一緒にいるんだろうか。
その手を握っているんだろうか。

こちらの世界に戻ってきた時、聞いてみようと思いつつ、その髪を撫でている。










素肌が触れ合っている事…その心地良さ。
その幸せに、私は酔っている。

肌を合わせるようになって、まだ数回。
恥ずかしさが完全に消え去っている訳では無いんだろうけれど…祐巳ちゃんは私にその体を預けてくれている。
ひとつのベッドで、体を寄せ合って。
今の私には、この時間の中だけがリアルな世界だった。
ある意味、とても非日常なのに。
この瞬間が、とてつもなくかけがえの無い時間に思えて。


「…聖さま…?」
「ん?」

控えめな声に顔を覗き込むと、恥ずかしそうに頬を染める。
今、自分の云った言葉を思い出しているのかもしれない。
だから、私は祐巳ちゃんの体を更に引き寄せて完全に密着する。

「せ、聖さま…」
「まだね、放したくないんだな」

そんな事を云ってみる。
すると、「…私も」なんて返してくれるから、思わず増長してしまう。
罪作りな子だよね。
こんなに『可愛い』子なのに、でもその身の内には『女』を潜ませて。
変化する瞬間は、私だけしか知らない。
祐巳ちゃんだって、知らない。

それが、至福。
私だけの、秘め事だ。

しかし。
祐巳ちゃんの手が意識的だか無意識だか解らないけど…あんな風に動かれるとは。
あの手の動きが私の理性を早々に無くさせたのは、確かで。
ちょっぴり、困惑してしまう。
予想もしなかった事だから。

負けられません。
もう、絶対に。

そんな風に、思ってしまう自分に苦く笑う。



「…今晩は、このまま眠ってしまいたいな」

祐巳ちゃんがぽつりと呟く。

「いいよ。眠っても」
「…離れて、行かないで下さいね?」

何故だろう。
祐巳ちゃんが不安げに私を見た。
何故そんな事を?
離れてなんか、行かないのに。

「離れないよ?どうしてそんな事云うの?」
「だって…聖さま、よく私が眠ってる時にベッドから居なくなるから…お月様を、見てるから…」

きゅっ、と背中から肩に手を回してくる祐巳ちゃんに「え?」と声を洩らした。
…目を覚まして、私が傍にいなかった時があった…という事か。

祐巳ちゃんとこんな風に肌を合わせる前から一緒のベッドで眠っていて…時折その事が拷問にも似た責め苦になる事が多々あって。
私は月に助けを求めるように、窓の傍に立って月を見る事がしばしばあった。

そっか…

私は祐巳ちゃんを抱きしめる腕に力を込めた。

「もう我慢しなくてもいいから、大丈夫だよ」
「我慢…?」
「祐巳ちゃんが欲しい気持を、我慢しなくてもいいから」

髪に接吻して、笑う。
これで祐巳ちゃんにも、解ってしまっただろうか。

「…我慢なんか、しないで下さい…」

そんな事を云う。

ずっと、私は夢を見ていた。
夢に見ていた。

こんな風に、肌を合わせる事を。
こんな風に、愛しさをさらけ出す事を。

求められる事、求める事。
それらを思うままに、出来る事。

今までの私は、求めるばかりでだった。
それしか知らなかった。
求められる事の恐さも、幸せも、気付かずにいた。

…いや、目を逸らしてきたのかもしれない。
求める方が、楽だから。
ずるい気持だったんだろうと思う。

けれど。
祐巳ちゃんの素直に私を求め欲する気持が、私にそうされる事の快感を教えてくれた。

お互いに、求め合う事。
お互いに、欲する気持を正直に見せ合える事。
それを声にしてお互いに伝える事。

それが、とても大切だという事に。

「我慢なんて、しないよ。勿論、祐巳ちゃんと二人きりの時限定かもしれないけど。…まさか、みんなの前でそんな事云われたら、祐巳ちゃん困っちゃうでしょ?」
「…へ?え、ええ!?」

相変わらずいい反応。
まぁからかうのは止めにして。
こうしていられる時間を大切にしなければ。
明日には、帰路に着くんだから…

そんな事を考えていると、「あの」とか「えっと」とかしどろもどろしていた祐巳ちゃんが「そういえば」とやっと何か会話の糸口を見つけたように云う。

「そういえば、今日はこちらの七夕でしたよね…すっかり忘れてました」
「…へ?」

今度は私がそんな声を洩らした。

あれ?
何か大事な事、忘れていないか?

…あれ?

「ねぇ…祐巳ちゃん…?もしかして、今日7日…?」
「ええ…あ、もう日付変わってますね、8日に」
「…ちょっと待って。私、何か凄く勘違いしていたかも」

ベッドから下りて、バスローブを羽織ると、チェックインした時に貰った案内表というか、予定表を見る。

「聖さま…どうかしたんですか?」

祐巳ちゃんもベッドから下りてバスローブを着ると私の傍にやってくる。

「…祐巳ちゃーん…明日帰れないよ」
「は?」
「何私思い込んでたんだろう…三泊四日だったんだよ」
「へ?」

首を傾げる祐巳ちゃんに「いや、だからさ」と言葉を濁す。

「私、明日だとばかり思ってた…チェックアウト」
「…あれ…?私、三泊だって、頭では解っていましたが…別に何も不思議に思ってませんでした…聖さまの言葉」

そう。
明日の飛行機、とか散々云ってきていたのに、気付かなかった。
日にちの感覚がすっかりズレていたのと、妙な気持の舞い上がりが勘違いに拍車をかけていたのか…それと、連休の時の事にこだわり過ぎていたのかもしれない。
初めて、祐巳ちゃんと肌を合わせた、あの連休。
その連休から初めての祐巳ちゃんと一緒にいられる夜。

「…信じらんない…私…」

自分の思い込みの強さに、茫然。

「いいじゃないですか」
「…は?」

祐巳ちゃんが、私の腕にきゅっ、と腕を回してきた。

「あと一日、多く一緒にいられるんですから」
「……」

まぁ、確かに。
それは確かにそうなんだけど。

ここで私は気付く。

祐巳ちゃんが傍にいてくれると、異様に冷静になる事もあれば、逆に冷静に頭が回らない事もあるんだって事に。

まるで、夢でも見ていたような気分だった。



執筆日:20050208

三泊なんです。
聖さまは完全に勘違いしてました。
いえ、勘違いしていたのは、実は私(笑)
もう一日あるんですー
気付いたのは『名前を呼んで中』を書いている時でした…



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