明日晴れたら
ふと、目が覚めた。
見上げると、端整な顔がある。
でもちょっと、困惑しているような表情…
「!」
祐巳は自分の体勢に気付いて起き上がった。
「す、すいません聖さま!つい眠っちゃって…」
「ああ…構わないよ、それは…ただ…」
「た、ただ?」
聖さまの目が、泳いでいる。
どうしたんだろうと首を傾げた。
「…今、おばさまが来て、泊まっていってって…」
「わ、もう11時になっちゃうんだ…ごめんなさい聖さま」
何か用事があるんだろうか?
泊まれと云われて困るなんて。
「いや、だからそれはいいんだけど…おばさまが、ね…」
「え?お母さんが何か…?」
聖さまは、祐巳の顔を見る。
何かに、動揺している感じ。
「私に、祐巳ちゃんを宜しく…って……これ、どういう意味なんだと思う…?」
「……へ?」
†
ふ、と目が覚めた。
月明かりが室内を照らしている。
目の前に、端整な顔。
とても、綺麗な寝顔。
ああ…綺麗だな…
祐巳はうっとりと目の前にある顔に見惚れる。
こんな風に間近でこの人の寝顔が見られるのは、祐巳だけ。
それが幸せであり、ちょっと優越感。
誰に見られない…誰にも、見せてなんかあげない、祐巳だけの……
……あれ?
何か忘れていませんか?私?
たっぷり30秒は聖さまの顔をジッと見つめる。
…………!
思わず叫び出しそうになった。
そうだ…!
祐巳は大事な事を思い出した。
聖さまを待っていて、眠ってしまったんだ!
バスルームに行く時、聖さまは祐巳に云っていったのに。
『待ってて』って。
いつの間にか、祐巳は眠ってしまっていたんだ…
折角今晩が聖さまと過ごせる最後の夜だったのに…
申し訳なさと、それと残念な気持で一杯になる。
どうして眠っちゃったんだろ…
祐巳は聖さまの頬にそっと触れる。
滑らかな、頬。
その時、フッと聖さまが目を開いた。
「…起きたの?」
「あ…っ」
聖さまはぼんやりした目で祐巳を見る。
そして祐巳の肩に手を回すと、ご自分の方に引く。
祐巳の体を抱き込むようにすると、聖さまは満足そうに目を閉じた。
「…聖、さま?」
「もう少し、眠りなよ…まだ朝は遠いでしょ?」
壁に掛かっている繊細な細工が施してある掛け時計が丁度3時をさしている。
「…でも…聖さま、待っててって…云っていたのに…ごめんなさい…」
そう云って祐巳は聖さまの胸に頬を寄せた。
「…じゃあ、キスしてよ…祐巳ちゃんから…お休みのキス」
「え?」
「それでいいから」
む。
それでいいって、なんですかソレ。
祐巳は聖さまの胸から顔を上げる。
「それでいいって、なんですか」
「…祐巳ちゃん?」
「そりゃ寝ちゃった私も私ですけど…でもなんかそれって、待ってなくてもキスしただけでいいみたいじゃないですか」
待ってられなかったけど。
でも、祐巳は待っていたのに。
「……したい?」
聖さまが、挑戦的に目を細めた。
「して欲しい?私に」
「…なっ」
「そうじゃない?そんな風に云うから、祐巳ちゃんはして欲しかったのかと思ったのに」
何ソレ!
なんですかソレ!
「聖さまの…莫迦…っ」
祐巳は、聖さまに圧し掛かるようにすると、唇を重ねた。
して欲しいとか、したいとか。
そんな事を云って聖さまはワザと煽っているのが解った。
驚いた様に祐巳を受け止める聖さま。
そんなのまで、余裕有り気に見えた。
その余裕も、なくしてしまいたい。
「ちょっ…祐巳ちゃ…っ」
乱れた息の中、聖さまは祐巳の名を呼ぶ。
そして、ぐいっと祐巳の体を抱き込んだ。
「祐巳ちゃん…っ」
どうしたの…と聖さまは祐巳の目を見る。
何故だか、目に涙が浮かぶのが解る。
その涙を睫毛が支え切れなくて、零れ落ちた。
「せ……ぅく」
「ああもう…ごめんね、祐巳ちゃん…煽るようなまねして…」
聖さまは祐巳を抱きしめると、ポンポンと祐巳の背を撫でる。
「ごめんね…」
聖さまの手が、祐巳の背を優しく撫でる。
その手が、またただ宥められて、誤魔化されているような感じになる。
祐巳が、聖さまよりも子供だから。
ずっとずっと、子供だから。
だから聖さまが大人になって、祐巳を宥める。
いつもの、パターン。
それが厭で、祐巳は聖さまの腕から逃れて背を向けると、壁側に身を寄せた。
しゃくりあげる変な声が喉から洩れる。
止めたくても、止められない。
「祐巳ちゃん…」
「やだ…っ」
子供に見られるのが、厭なのに、それなのにこんな風にしか出来ない祐巳はやっぱり子供なんだって、思い知らされる。
もう、やだ。
どうして祐巳はこんなに子供なんだろう。
聖さまよりも、子供なんだろう。
「…祐巳」
え。
思わず、一瞬涙が引っ込んだ。
「こっち、むいて」
優しい声。
でも少し、苛立っている。
「祐巳」
有無を云わせぬ、声。
こんな聖さまの声は、殆ど聞いた事はないかも…ううん、前にも聞いた事がある。
いつだったか。
「…こっちに、来て」
祐巳は、逆らい切れなくて、顔を上げないままで聖さまの胸に体を預けた。
腕が、祐巳を包む。
キツ過ぎず、緩過ぎず。
「…祐巳…何が気に障った…?」
「……誤魔化された…感じが…した」
「うん…」
肯定。
やっぱり、聖さまは祐巳を宥めようとした。
「ごめん…あんな風に、されると思わなかったから…吃驚して…誤魔化そうと思った…あのまま祐巳ちゃんにキスされてたら…」
「聖さま…どうして?」
顔を上げて、聖さまを見上げる。
ちょっと、困った顔。
「シャワーの前、あんな風に云ったけど…でも最後の夜だからこそ、ゆっくりと祐巳ちゃんを休ませてあげたいな…って思ってね」
「…嘘」
「え?」
「嘘ですよね、それ」
聖さまの目をジッと見る。
聖さまは、嘘を云ってる。
根拠なんか、ないけど。
でも、そう思った。
嘘。
「…うそ、でしょう?」
何故だろう…止まっていた涙がまた溢れ出す。
もしかしたら、嘘だと云って欲しいだけなのかもしれない。
お願い。
嘘だって、云って。
本当は祐巳を欲しかったって…でも我慢したんだって、云って。
「…どうして、解っちゃうんだろう…」
聖さまが、表情を歪めた。
「どうして、気付かないフリしてくれないんだろう…」
「……聖さまより、子供だからかもしれません」
「…そうかな…祐巳ちゃんは自分で思ってるより、ずっと大人だよ」
あ…また『祐巳ちゃん』に戻ってしまった。
「明日、帰るからさ……今晩祐巳ちゃんを抱きしめたら…明日からつらいな、なんて思ってさ…だから」
「…聖さまの、莫迦」
祐巳はまた聖さまの胸に頬を寄せた。
「明日、帰ってしまうから…抱きしめて欲しいです…聖さまを祐巳に刻んで欲しいんです…」
「祐巳ちゃん」
「…聖さま…私に、聖さまを下さい…今だけじゃなく、これからも」
聖さまは、ちょっと泣きそうな顔をした。
「もう、寝かせてあげられないかも」
祐巳はベッドに横たえられながら云った。
「沢山寝ましたから、平気です」
「…そうか。夕方から寝ちゃったもんね…」
「はい」
聖さまの唇が、頬に降りてきた。
「ねぇ…聖さま」
「ん?」
「明日…晴れるといいですね」
執筆日:20050219
あわわわ…なんだかなんだか…(苦笑)