武器は純情
「聖さま」
「んー?」
祐巳ちゃんがふと、何かを思いついた様に呟いた。
ソファに座っている祐巳ちゃんを、床に座って新聞を広げていた私は仰ぎ見る。
「どうして『ひざ枕』って云うんでしょうか…」
「…へ?」
…一体、何を急に思い立ったんだろう…
私は、ティーソーダに浮かんでいる氷をストローでつついている祐巳ちゃんに首を傾げた。
「『ひざ枕』というより『もも枕』じゃないでしょうか」
「ぶはっ」
も、腿!?
今『もも枕』と云いました!?
危ない危ない、何か口にしてたら悲惨だった。
しかし…『もも枕』…確かにそうかもしれないけど…
だ、ダメだ!ツボだ!
思わず新聞を丸めてバシバシと床を叩きながら笑い転げたい気分だ。
「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですかっ」
「く…くく…ごめんごめん…でも『もも枕』はちょっとツボに入った…」
「だっ、だけどっ、おかしいと思いませんか?ひざじゃないのに『ひざ枕』だなんて…」
真面目な顔で云う祐巳ちゃんに、目尻に溜まってしまった涙を拭った。
「うーん…そうだねぇ…こればかりは昔の人が云った事だから…まぁホントにひざを枕にしたら寝心地悪いだろうけど。あ…いや、待って。でも確か、ひざの上の腿の部分も『ひざ』って云うらしいし」
「へ?そうなんですか?」
祐巳ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
それに私は頷く。
「うん。だから『ひざ枕』オッケイ」
「そ、そうなんですか…?」
「ちょっと待ってて」
私は確か載っていたなー、なんて思いながら部屋へ行き国語辞典を手に戻ると、ソファの祐巳ちゃんの隣に腰を下ろした。
「うーん…と…あ、あったあった。ほら」
パラパラと国語辞典の頁を繰って『ひざ』の項目を開いて祐巳ちゃんに差し出す。
「……あ」
ひざ【膝】
1、ももとすねとの境の関節部
2、座ったときの、ももの上側にあたる部分
「…ほんとだ…」
「ね?」
まじまじと国語辞典を見詰める祐巳ちゃんに、私は頭にとある事が浮かんだ。
絶好のチャンス?
いや、今更そんなに構える事でもないんだけど。
ただ何となく、今までタイミングを逸して来ていたというか、何というか…
そして今を逃すと、またチャンスがいつ巡って来るか解らないなぁ…なんて。
だから。
「ねぇ祐ー巳ちゃん♪」
「なんですか?…って、ええ!?」
祐巳ちゃんが慌てた様に声を上げる。
…そんなに慌てなくてもいいじゃない?
「せ、聖さま?」
私を見下ろす祐巳ちゃんの顔が見る見る赤くなっていく。
何故こんな事で赤くなるか。
ひざ枕どころか、キスだってした仲だってのに。
…いや、それより先もちょっと…。
だけど、初めてのひざ枕体験だけど…気持ちいいかも。
何より、いつもと違う目線、角度、感触。
それらが全てが新鮮。
そして、祐巳ちゃんの声が体を伝っているのが解った。
ひざから振動で伝わるのと、上からと降って来る様に聞こえてくる感じ。
「祐巳ちゃんのひざ枕、初体験」
祐巳ちゃんを見上げたまま、ニッと笑う。
「な、何云ってるんですか…もう」
「何って、だって一度してこういうのしてみたかったんだもん」
そう云うと、祐巳ちゃんはキョトンとした顔をする。
「どうしてしなかったんですか?」
「へ?」
「おかしな聖さま」
クスクスと笑い出す祐巳ちゃんに、私の方が呆気に取られる。
え?
え?どう云う事?
訳が解らない私に祐巳ちゃんが不思議そうな顔をした。
「だって、したいなら、しても構わなかったのに。私、嫌がったりなんてしませんよ?」
「……は?」
なんだろう。
祐巳ちゃんの云っている事が、よく解らない。
「もうっ!聖さまにならこんな事、いつだってしてあげますって云ってるんですよ!」
そう云いながら、祐巳ちゃんの指が私の髪を梳いた。
あ、あれれ?
なんだろう。
妙に気恥ずかしい。
顔を熱くなっていく。
でもそれを見られる訳にはいかない。
っていうか見られたくない。
私は祐巳ちゃんの腰に腕を回してお腹に額を押し当てた。
すると、祐巳ちゃんが私の頭を抱きしめた。
…甘える、って、こういう事…なんだろうか?
後書き
執筆日:20040909-20040910
なんつーか…甘々?
たまにはこういうのも書きたくなったり。
うはは。
さて。そろそろ小休止も終わりにして本編に行きましょうかねー