コーヒー
(祐巳)





どうしてこんな苦いものが飲めるのか、不思議で不思議でたまらない。





現在、試験勉強で夜更かし中。
そろそろam1時。

数学の教科書を開いていたら、睡魔さんがダンスしながらやってきた。
『お嬢さん、お入りなさい』とベッドまでもが祐巳を呼ぶ。

「うう〜眠い…でも寝ちゃうと明日の試験がぁ…」

祥子さまに云わせれば、きちんと授業さえ聞いていれば、答案用紙の空欄を埋めていけるらしいけれど。

相変わらず全てにおいて平均点の祐巳にはそんな神業な事が出来るはずもなく。
こうして夜更かししながら勉強するしかない訳で。

「うう…」

今頃、隣の部屋で祐麒も睡魔と闘いながら勉強しているに違いない。



…あ。

祐巳はふと聖さまが飲んでいたコーヒーの事を思い出した。

コーヒーを好んで飲んでいる聖さま。
いつも砂糖もミルクも入れずに飲んでいて、その姿がカッコよくて祐巳は大好きで。

そうだ。
コーヒーにはカフェインが入っていて、覚醒効果も抜群。

いつもは紅茶が多いし、コーヒーもミルクと砂糖をたっぷりだけど、ちょっと冒険してみよう。

祐巳は台所へ行き、インスタントコーヒーのスティックを手に取った。

えーと、確か…

まだ聖さまが高等部で白薔薇さまだった頃の事を思いだす。

いろんな種類のコーヒースティックの中から、聖さまが好んで飲んでいたコーヒーを取り出して用意しておいたカップにサラサラと入れ。

砂糖は…入れないんだよね…聖さまはブラックが好きだから。

そしてお湯を注ぐ。

コーヒーの良い香りが、ふわ…っと広がる。

「へへ…この香りだよね…いい香り」

まだ誰も来ていない薔薇の館のビスケットの扉を開いた時、聖さまがひとり窓の外を見ながらコーヒーを飲んでいた事が結構あって。
その度に、この香りが祐巳を包んだ。

今の聖さまはお宅へ伺うと、挽いた豆からコーヒーサイフォンを使ってコーヒーを淹れる。
そして祐巳専用のマグカップに、たっぷりのミルクと砂糖を入れて手渡してくれて、それは相変わらず祐巳の嗜好を熟知していて、いつも祐巳好みの味。
聖さまの優しさいっぱいのコーヒーの味を思い出して、ちょっぴり嬉しくなる。

漂うコーヒーの香りに、まるで聖さまがここに居る様な…そんな気になってしまった。

試験が終わったらデートしようねと聖さまが云っていた。
だから、そのデートを思い切り楽しめる様に試験を頑張らなくちゃ。

祐巳はゆっくりとカップに唇を寄せた。



「…!に、苦っ!」

凄く苦い!

飲み慣れない、という事を差し引いても、これは…

いや、確かに目はばっちり覚めたけど。

再度挑戦、と思うけど、苦さを舌が覚えてしまっているので、なかなか勇気が出ない。

聖さまはどうしてこんな苦いものが飲めるのか、不思議で不思議でたまらない。

うう、仕方が無い…

祐巳はお気に入りのマグカップにコーヒーを移し入れて、少しお湯を足して、砂糖とミルクを加えた。


ホントは、聖さまみたいにコーヒーを飲める様になって、一緒に同じコーヒーが飲める様になりたかったのに…


祐巳は少しがっかりしながら、マグカップを手に部屋への階段を上った。

味はまろやかだけど、香りだけは聖さまのとお揃いだから、と自分に言い聞かせて。






その話をすると、案の定、大笑いしてくれた。

「そりゃそうだよ、祐巳ちゃんは甘党なのに、いきなりブラックは…ねぇ?」

祐巳専用マグカップに祐巳好みの甘さのミルクココアを淹れて手渡してくれながらクスクス笑っている聖さまに、祐巳はちょっとほっぺたを膨らました。
その頬をつんつんと突付きながらニコニコ顔の聖さま。

「でも、祐巳ちゃんがそんな事考えてくれてたのは嬉しいな」



聖さまが飲んでいるのは相変わらずのブラックコーヒー。

けれど聖さまがくれるキスは、コーヒーの香りがする甘いキスだった。



後書き

最終執筆日:20040628

私もコーヒーはブラックです。
もしくはミルク入れ、砂糖抜き。
どうも砂糖を入れると後味がちょっと…
紅茶もココアも砂糖抜き。
甘いものは苦手だったりしますので。

しかし。
ラストのあれは何なんでしょう(苦)
甘っ!
つーかどの面でそんな言葉書いてるのさ私!
うーわー(照)



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