どうにもならないほど




あの日。
傘に入れてもらったあの日。
祐巳ちゃんが、私が知ってる祐巳ちゃんとは違う、少し暗い表情をしていた。

その表情の原因が、私に気付かずに歩いていった祥子と連れ立って歩いていた縦ロールが印象的な子だって事は、直ぐに解った。

「祥子を見捨てないでやってよ」

心の中のものをぶちまけていいと云った私にも、何も云えず俯き気味にバスを待つ祐巳ちゃんに、そう云った。

あれは、私の本心だった。
蓉子の妹になって…祐巳ちゃんが妹になって。
頑なさがほろほろと溶けていった祥子に安堵している私の本心。
どうかそんな祥子を見捨てないでやって欲しいと、願う気持ち。


だけど。


雨の中、傘もささずに濡れるのも構わずに立っていた…小さな小さな声で私の名を呼んだ祐巳ちゃんを見た時…その祐巳ちゃんが私の胸に飛び込んで来た時。
正直、祐巳ちゃんの心の中の不安や憤りをぶちまけさせてあげられなかった事を後悔している私がいた。

そして、こんなにまで祐巳ちゃんの心を哀しみと不安と憤りでいっぱいにした、祥子に怒りを感じている私がいた。
祥子と、そしてあの縦ロールの子に。






「教室の窓から外見てたら、何かいい雰囲気だったから仲間に入れてもらおうと、退屈な授業抜けて出てきた。はい、どーぞ」

そして今、意思の強そうな目で今私の前に立っている縦ロールが印象的な女の子が、あの時祥子の隣にいた子だって事は直ぐに解った。

この子が、祐巳ちゃんが泣きながら私の胸に飛び込んできた、原因…いや、この子だけが悪い訳じゃ無い。
もちろん、祥子の性格も災いしている。

けれど、この子が祐巳ちゃんの不安を増長させたのは間違いない。

にっこり微笑みながら缶ジュースを差し出す私を3秒ほど見詰めると、ウーロン茶を取り「いただきます」と云い、缶を開けた。

どこか挑む様な目に「これは」と思う。

あの時、祐巳ちゃんを受け止めた私をジッと見ていたのを思い出す。
咎める様な、目。
そして今、記憶を思い返し、私があの雨の日の人間だって事を確認した目。
今も、祐巳ちゃんや弓子さんと話す私を観察している。

…何処か、傷付いている様な、目をして。

そこで、私はなんとなく、この子は祐巳ちゃんが気になっているのではないか?という事に気がついた。

…という事は。

祐巳ちゃんが泣きついた、そして信頼しているだろう私を、この子は敵視している可能性がある。

この子が自分の気持ちに気付いていれば…だけど。
まぁ、自分でも解らずにそういう感情を持っているかもしれないけれどねぇ?

その時ふと目があった。
一瞬、目を逸らそうとしたけれど、縦ロールちゃんはグッと目に力を入れた。

これはなかなかの性格をしていそうだ。
私はフッと目を細めて微笑んで見せる。

すると明らかに「負けたくない」という様な目で私を見返した。

…これはこれは…

祐巳ちゃんの姉の祥子が私のライバルになるのなら、もしかすると何かの悪戯で祐巳ちゃんの妹になったりする事もありえる、この縦ロールちゃんも私のライバルになりえるって事なのか。

そう考えて、私は思わず笑みを深めた。






『姉妹』とか、そういうものは、関係ない。

『姉妹』と恋愛。
確かにその二つが混同し、姉妹愛と恋愛が同じ次元に存在している姉妹も多いかもしれない。

でも。

栞を『妹』にする事が考えられなかった様に。
志摩子を『妹』にした様に。

姉妹愛と恋愛が別物だって事を、私は知っている。

…勿論、祐巳ちゃんもそう考えるかと云えば、それは解らない事だけれど。


でも、卒業式の前日の、『お餞別』が、私に『可能性』という名の希望を与えてくれた。
あの雨の日に、私の胸に飛び込んでくれた事が、私に新たな『可能性』をくれた。

私の心を奪っていった、祐巳ちゃん。

変わりに祐巳ちゃんの心を、奪えたらいいのに。





「そろそろ行くわ」

弓子さんがそう云ってベンチから立ち上がる。

「M駅でいいですか?」

そう云って私はかばんを持ち上げた。
こんな気分で授業なんて受けられそうにない。
どうせ耳になんて入ってなど来ない。
しまいに教授の声を子守唄に眠ってしまって加東さんに怒られるのが関の山。
それならば。

「つまらない授業より弓子さんと一緒の方がいい」

私は心からそう思って笑った。


「お気をつけて」

あの子の声を背に、弓子さんの腕を取って歩き出す。




私の腕に手を掛けて歩くこの人は、喧嘩別れした友人に数十年ぶりに逢いに行く。

その途方も無い時間を乗り越えて逢いに行こうと決めたのは、とても…本当にとても勇気の要った事だろう。

もしかすると、許してもらえないかもしれない恐怖。
…もしかすると、間に合わないかもしれない恐怖…

…もっとも恐ろしいのは、自分がその人の記憶にも残っていないかもしれない事…


それらと闘いながら、この道を歩いている。


私は、この人から、ほんの少し、勇気を貰おう。

どれだけ時間が掛かってもいい。

それほどに、私は。


あの子に奪われた私の心の様に、あの子の心を奪いたい。




後書き

執筆日:20040926


アニメの『パラソルをさして』で切られてしまって悲しかったので書いてみた…なんてのは嘘ですが(笑)

この間瞳子ちゃんの話書いたら、なんとなく前に書いた瞳子ちゃんSS『晴れた空から…』で、聖さまがどう考えていたかなーなんて考えて。←9/23日記参照

でも、なんかあの時とはちょっと考え方違うかな?
『晴れた空…』を書いたのは3/23…半年前か…


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