初恋



『初めて』って言葉って、何だかくすぐったくて、気恥ずかしい。

初めて。

初めての、恋。

…初恋。






『好きだよ』と云えずに初恋は
振り子細工の心





聖さまが運転する車のラジオから聞こえてきた歌に、祐巳は思わず耳を傾けた。

聖さまはこの歌を知っているみたいで、呟く様に…何故か優しく歌っている。




浅い夢だから
胸を離れない




なんだろう…この歌。
なんだか、胸が苦しくなる。


「…なんか、この歌、好きかもしれません」


苦しいと思うのに、何故か祐巳の口からは『好き』という言葉が飛び出していた。

おかしいな、と思う。

「へぇ、祐巳ちゃんはこの歌好きなんだ」
「…聖さまはこの歌、前から知っていたんですか?」
「ああ、うん…なんとなくね…でも、私はこの歌、ちょっと苦手なんだわ」
「…え?」

苦手?
苦手なのに、あんなに優しく歌っていたんですか?

まるで、『いとおしむ』という言葉がぴったりとハマる様な感じだったと祐巳は思ったのに。

ふ、と聖さまが祐巳に視線を向ける。

優しい目。
けれど、何処か痛みを含んでいる、目。
何故、そんな目をするんだろう。

そういえば、歌を口ずさんでいた時も、同じ目をしていた様な気がしてきた。







『好きだよ』と云えずに初恋は
振り子細工の心






聖さまの、笑顔が痛い。
寂しそうで、いとおしそうで。



「…どうしたの?」

赤信号で止まって、聖さまが祐巳を見て呟いた。

「何処か、痛い?気分とか悪い?」

心配そうに、眉を寄せる。

優しい、聖さま。
でも今は、その優しさが痛い。



「…聖さま…」
「何?」

こんな事、聞いてはいけない。
自分で自分を苦しくするだけだし、聖さまだって、苦しくなる。

解っているけど…でも。
解っていても…でも。

自分の口なのに、云う事を聞いてくれない。


「…聖さまの初恋の人は…」
「…え?」




禁句だって思って、そこで止めた。

多分こんな事聞かれたら、困るだろう。
そして、祐巳だってその人の名を聞けば、苦しくなってしまうんだ。

…違う。

それでも、聞きたいのかもしれない。

多分聖さまが『それ』を云ってくれるだろうという確信と、『それ』を云ってほしいという、願い。

祐巳は、ずるい。

聖さまの声で。
聖さまの言葉で。

聞きたいんだ。
聖さまが、どれ程辛いか、とか、どれ程心を痛めるか、じゃなく。
安心なんて、出来るはずも無いのに。
どんなに聞いても、どんなに聞いても。

『今、好きなのは、祐巳ちゃんだよ』
『祐巳ちゃんが大事だよ』

そんな言葉を、聞きたいだけなんだ。
聞いて、安心したいんだ。



聖さまを信じているのに。
『それ』を聞きたいんだ。



「…っ」

莫迦みたい。
あんまりにも、自分が莫迦みたい。



こんな風に言葉を望んでしまうなんて、聖さまを侮辱しているって思うのに。




聖さまが、走らせていた車を停めた。
知らずに俯いていた顔を少し上げると、そこは何処かの駐車場か停車場…よく解らない。

「…祐巳ちゃん…」

優しく頭を撫でる手に、申し訳なさでいっぱいになる。

「ごめ…なさ…」
「どうして祐巳ちゃんが泣いて、祐巳ちゃんが謝るの」
「…っく」

ぽんぽん、と軽く頭を叩く。

「なんか、祐巳ちゃんは色々考えちゃったみたいだねぇ…」

くすくすという笑い声が耳を掠める。


「…聞きたかったみたいだけど、今は聞きたくないでしょ」

お見通しなんだ…
祐巳は涙に濡れている情けない顔で聖さまを見る。

「なんで解るの?って顔してるね。そりゃ解るよ。私だって同じ事考えてたんだから」
「…?」
「祐巳ちゃんの初恋の人が気になった。でも、聞きたい反面、聞きたくないって思った」
「…聖さ、ま」
「…私ね…祐巳ちゃんに、今は私を好きだって云って欲しかったんだわ。安心したかったのかもね…だって不安だよ?私の知らない頃の祐巳ちゃんの初めての恋の相手なんて……」

ぽりぽりと頭を掻きながら聖さまが云う。

「……だから、私の事を好きだって、云って」
「え?」
「ごめん。今自分で云ってる事、翻すけど、でも、お願い。云って」

急に聖さまの顔が真剣で、不安げな表情になった。



あれ?
聖さまに、『好きだよ』って云われたんじゃないのに。
祐巳に云ってくれって聖さまが云ってるのに。

祐巳はさっきまでの不安も罪悪感も、何もかもが溶ける様に消えた。




「…聖さまの事が、好きです。とても…本当にとても」




後書き

執筆日:20041027


おかしい…
暫く同人の方に重点置こうとしているのに…
っていうか、これを原稿にすりゃいいのに?
でも本の趣旨と違うんで。

でもなんか…これってどうなんだろう…


novel top