陽のあたる場所



ほんと、どんな夢見てるんだろう。
自分の膝の上で微笑んで眠る祐巳ちゃんに、段々と「どうしたものか」と考え出す。

そろそろ夜も更けて、帰宅しなければいけない時間になってきた。
冬休み中だから、遅くなっても構わないと云えば構わないだろうけれど…
でもここは祐巳ちゃんのおうちだし。

「さて…そろそろ起きてもらわないと…」

でも、気持ちよく、幸せそうな祐巳ちゃんを起こすのはちょっと可哀想。

困ったな。

私は何度目かのそれを呟いていた。










…困ったなぁ…

私は、何度目かのそれを呟いていた。

祐巳ちゃんはこれでもかって位、元気。

「聖さま!次はアレにしましょう!アレ!」
「はーいはい、アレねー」

私は何機目か数える事を放棄して、祐巳ちゃんの後を追った。








朝食を摂りながら祐巳ちゃんにそれを告げると、大きな目を更に大きく丸くした。

「ルスツリゾート…?」
「うん。ここから30分くらい車で走った処にあるらしいんだけど。結構大きな遊園地がね、あるんだって。どう?行ってみる?」

ロールパンを食べながら云う私に、祐巳ちゃんはその表情をパァッと明るくした。
…返事は聞かなくても解っていたけれど、祐巳ちゃんの表情を見て、私は嬉しくなった。


朝食を終えて、フロントに交通関係を聞くと、バスがあるという。
早速、それを使う事にして、私たちは遊園地へと向かう事になった。


バスの中でも、祐巳ちゃんは落ち着かない感じで、なんだか微笑ましい。
全く、可愛いったらありゃしない。

「聖さま、どんな乗り物があるんでしょうね」
「んー、結構絶叫系が多いらしいよ?」

そう云うと、祐巳ちゃんの目の輝きが増した。
…好きなんですか?絶叫マシン…
これはちょっと、祐巳ちゃんの知らない一面が拝めそうだ。
私はそう単純に考えていた。

「あ!」

祐巳ちゃんが声を上げた。
視線の方向を見ると、ジェットコースターの路線やらなにやらが見えた。
…しかも、結構大きく、沢山の。



…そして、今に至っている訳だ。
さんさんと降り注ぐ太陽の光の中、祐巳ちゃんは本当に楽しそうに走り回る。
次々と制覇されていく絶叫マシンたち。
…ここに着いてから、もう十機は乗ってる気がする…いや、もっとかも。

…こりゃ祥子だったら音を上げるんじゃないだろうか…
思わず祐巳ちゃんの姉…蓉子の妹の祥子を思い出した。
祥子は高い処と絶叫マシンは苦手だったんじゃなかっただろうか。
もし祐巳ちゃんと遊園地に行っていたら大変な事になっているんじゃ…

そう考えると、居ても立ってもいられなくなってきた。

「祐巳ちゃん、ちょっと休憩しなーい?ほら、あそこにクレープ売ってるよー」
「あ、はい!」

パンフレットを見ながら次を物色していた祐巳ちゃんに声を掛けた。


「はい、バナナチョコクレープでよかったんだよね?」
「あ、有難う御座います!」

もう満面の笑顔。
可愛いったらない。
思わず微笑んでしまう。

「ところで祐巳ちゃん…私は祐巳ちゃんがそんなに遊園地好きだとは知らなかった」
「大好きです!」
「祥子とは?」
「…祥子さまと…ですか?」

おっと。
祐巳ちゃんが何かを窺うような顔をした。

「いや、気にしてるとかじゃなくてさ。あの子、確か高い処苦手だったよなーって思って」
「あ…はい。そうですね…以前行く約束した時も『ジェットコースターは嫌よ』って先に釘を刺されましたよ」

そう云って、祐巳ちゃんが苦く笑った。
…引っ掛かる、その表情に私は眉を寄せる。

「聖さま?」
「あ、いや…それってもしかして、去年の梅雨前の話…?」

あ、しまった。
地雷を踏んでしまったかもしれない。
あまりにも無遠慮で配慮の足りない自分に内心舌打ちする。

そんな私に気付いたのか、祐巳ちゃんが微笑んだ。
その微笑で、私の云った通りだという事が解ってしまった。
…その約束の遊園地に、祥子と行けたのだろうか。
もし行けていなかったのなら、本当に私の言葉は祐巳ちゃんの気持に傷をつけてしまったのではないだろうか…
だからと云って、ここで私が謝ってしまうのは、良い事ではないだろう。
そんな事をすれば、尚更祐巳ちゃんは辛くなる。

「…祐巳ちゃん、恐怖の館っていうのがあるらしいよ。行ってみようか?」

私はさっきすれ違った子供たちが云っていたイベントの事を口にした。




ふたつ返事で了承した祐巳ちゃんと行った『恐怖の館』は、まぁこういう処特有のお化け屋敷ってやつだったけれど、祐巳ちゃんには効果絶大だった。

「ふ、ふぇ…」

最初から最後まで私の腕にしがみ付きっぱなしで、私だけが楽しかったようなもの。

「そんなに恐かった?」
「恐かったですよっ」

状況の変化に弱い祐巳ちゃんは、咄嗟の出来事にかなり驚いてくれる。
薄暗い中、歩いている前方から突然現れるものに驚かない訳はないけれど、祐巳ちゃんはそれはもう驚かせているスタッフの思い通りに驚いていただろう。
多分、こういう客は嬉しいお客だろうな、と思う。
反面、私の反応は祐巳ちゃんよりは薄かっただろうけど。
けれどそれは仕方が無い。
私の意識は祐巳ちゃんに向かっていたから。
驚いて恐がる祐巳ちゃんに。

でも…さっきの話を頭から追い出してくれる効果はあったと思う。
恐怖の館を出てからの祐巳ちゃんは、もうすっかり元気いっぱいの祐巳ちゃんに戻っていたから。
たとえ、その内には何か思っていたかもしれなくても。



それから、祐巳ちゃんは遊園地内を駆け回り。
私は祐巳ちゃんのパワーに驚きながらもついて行く。
そして、観覧車の前で立ち止まった。
何度か、その観覧車の前を通り過ぎていたけれど。

「聖さま、これ、乗りましょうか」
「観覧車?」
「はい」

祐巳ちゃんが私の手を引いて、乗り場に向かった。



「はい、いってらっしゃい」

係員のおじさんがニコニコとそう云いながら、乗り込んだ私たちの箱の扉を閉めた。
ゆっくり、ゆっくりと上がっていく。
向かい合わせに座って、離れていく地上に目を向けると、今まで乗っていた乗り物たちの高さが同じ目線になり、そしてその高さを追い抜いていく。

「観覧車って恐いですよね」

祐巳ちゃんが、地上を見ながら呟いた。
恐い?
観覧車が?
ジェットコースターの方が余程恐いと思うけど。

「そう?どうしてそう思うの?」
「だって、風にも揺れるじゃないですか」
「ふむ」

それに…と祐巳ちゃんは私に目を向ける。

「今此処で、動きが止まったら…とか、考えませんか?」

ああ、成程。
確かにそれは恐いかもしれない。

「でもまぁ…一緒に乗ってる人間にも因るかなー私は」
「え?」

祐巳ちゃんが首を傾げる。
私は手を頭の後ろで組みながら窓から空を見る。
青い空。
雲ひとつ無い。

「今この時、止まったとしても、私は恐くないかな」
「何故ですか?」
「そりゃ、祐巳ちゃんと一緒だから」

そう云うと、祐巳ちゃんは目を丸くした。
私は空から祐巳ちゃんに目を向けて、ニッと笑う。

「祐巳ちゃんと一緒なら、大抵の事は大丈夫って気がするから」

それは本当にそう思う。
祐巳ちゃんが一緒なら、何か起きても、大丈夫って思えた。
私は祐巳ちゃんを守る為ならなんでも出来そうだし。
それ以前に祐巳ちゃんは何だか強運の持ち主のような気がするから。

私の言葉にちょっと考えるようにして、祐巳ちゃんはにっこりと笑った。

「…私も、聖さまと一緒なら、何か起きても大丈夫って気がします」
「ほう。それは何故?」
「聖さまなら、どんなことでも楽しんでしまいそうですから…」

そう云って笑う祐巳ちゃんに、そうかな?と呟く。
自分では解らない。

「聖さまは何故私となら大丈夫って思ったんです?」

小首を傾げながら聞いてくる。

「祐巳ちゃんと一緒なら災難も逃げそうだと」
「なんですか、それ…」

唖然とした顔で祐巳ちゃんは呟く。
そんな祐巳ちゃんの頬に手を伸ばして「なんてね、冗談」と笑う。

「…祐巳ちゃんが私を守ってくれそうだから」
「は?」
「くじけそうになっても、祐巳ちゃんは私を信じて支えてくれそうだなって」

思わず、茶化す事が出来ずに云ってしまう。
今この場所で、そうしてしまうのが嫌だった。
何故だか解らないけれど。

「私は、祐巳ちゃんの前では弱くも強くもなる。祐巳ちゃんのたった一言でも私は弱くなるだろうから。でも、祐巳ちゃんがピンチの時は私の最大の力で、祐巳ちゃんを守ろうとするだろうね」
「……」
「でも、それは祐巳ちゃんが私を信じてくれて、心を守ってくれるから出来る事だと思うよ。私が負けそうになったら、叱咤してくれるでしょ?」

そう云って、私は触っていた頬をむにゅっと摘んだ。
もしかすると、それは『依存』かもしれない。
祐巳ちゃんがいなければ何も出来ないと思われてしまうかもしれない。
でも、それでも、そんな言葉では片付けられない気持もある。
何処から何処までが、その言葉で括られてしまうんだろう…
段々、私にも解らなくなっている。
でも、それだけではないと…カタにはめられないように、私が頑張らなくてはならないのだろう事だけは、解った気がしている。

「…私も」
「ん?」
「私も、同じですよ…聖さまが居てくれるから、頑張れる事、いっぱいありますから」

私の手を取り、ゆっくりと微笑む祐巳ちゃんに、私は目を閉じる。

二人だから、頑張れる事だってある。
寄り掛かるとか、頼るとか、そういうのではなく。

お互いに尊重して、高めあって行く事。
それが、私の理想かもしれない。

祐巳ちゃんとなら、それが可能だと…そう思う。
祐巳ちゃんだからこそ。


いつの間にか、観覧車はゆっくりと地上を目指していた。



執筆日:20050209

…なんだか、難しい事をやってしまった…
自分でも何故こんな話になったかちょっと解らない(笑)



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