いつかきっと
(由乃)
「令ちゃんのバカ!」
とある日曜の昼下がり。
支倉家からいつもの様に由乃の声。
「よ、由乃?」
「令ちゃんのバカバカ!そうよ令ちゃんに判る訳なかったんだわ!帰る!」
「よよ由乃?」
うろたえる令を部屋に残し、バッタン!と大きな音を立ててドアが閉められ、続いて荒々しい音を立てて階段を降りていく音が聞こえた。
「な、なんなの一体…由乃の奴…」
部屋に残された令は急に怒り出して帰ってしまった由乃に首を傾げるばかりだった。
一体何が由乃の地雷を踏んだのだろうか…
令ちゃんのバカ!バカバカ!大バカ!
このまま自分の部屋に帰ったら令がやって来ないとも限らないので由乃は家には帰らず、そのまま何処に行くとも解らぬまま外を歩いて行く。
事の発端は令の言葉。
「どちらが祐巳ちゃんの妹の座をゲットするんだろうね」
「は?どちらって…?」
令お手製のザッハ・トルテを食べながら由乃が首を傾げる。
そんな由乃を「ホントに由乃は可愛いなぁ」なんて心の中で呟きながら令は紅茶を煎れる。
「瞳子ちゃんと可南子ちゃんに決まってるでしょ」
「何云ってんの令ちゃん。可南子ちゃんはともかくとして、なんで瞳子が?梅雨時期に祥子さまと祐巳さんの仲がこじれかけた時の元凶みたいなモンじゃない」
その瞳子がどうして、と不思議そうな顔をする由乃に令が笑う。
「あの時、瞳子ちゃんが山百合会の手伝いに来てくれてたじゃない?」
「うん、厭々ながらみたいに。あの時、なんで祐巳さんが、いくら人手不足だからって瞳子に手伝いなんて頼んだのか不思議だったんだよね、私」
「あはは…その時から見てて思ったんだけど、あの子、ホントは祐巳ちゃんの事好きなんじゃないかって思うんだよね…今回の学園祭までの助っ人の事だって、自分だって演劇部の方もあるのに可南子ちゃんに張り合ってるって云うか…可南子ちゃんが祐巳ちゃんに害を与えないか監視する為って云うか…」
「はぁ?あの瞳子が?」
何云ってんの?という顔で令を見る。
出会い最悪、その後も何かとあって瞳子の印象悪な由乃には令の言葉が信じられない。
「うん。あの子、意地っ張りみたいだからあんまり表面には出さないみたいだけど、祐巳ちゃんの事をよく見てる気がする。多分、あの子祐巳ちゃんが好きだよ」
そう云うと、ふふ、と令が笑う。
「なんかさ、可南子ちゃんと瞳子ちゃんで祐巳ちゃんを取り合ってるみたいで微笑ましいんだよね」
そう云いつつ令は「いや、由乃と可南子ちゃんと瞳子ちゃんの3人で、か」と心の中で訂正。
初めて出来た友達だからか、由乃は祐巳ちゃんの事となると結構真剣だ。
それこそ、令がちょっぴり妬ける位に。
と、そんな事を考えつつ軽い気持で、ホントに軽〜く、令は由乃に云った。
「由乃にも、早く可愛い妹候補が現れると良いのにね」
ドッカーン!
そんな音が聞こえた気がして令はきょろきょろと辺りを見回す。
勿論、そんな音がする筈は無い…無い筈…。
ひとつだけそんな音を立てるものがあった事に気付いて、令はそーっと由乃を窺った。
「…よ、由乃?」
「そうだよね…令ちゃんには判らないんだったっけ…そうだった…」
明らかに様子の違う由乃。
令は訳が解らずに由乃の顔を覗き込もうとした途端、ザッと由乃が立ち上がった。
「令ちゃんのバカ!」
解らないんだから仕方が無い。
由乃はそう思う反面、それがとても腹立たしかった。
妹を作る事で悩んだ事は、令には無い筈。
令は高等部入学式を欠席した由乃の手にロザリオを握らせた。
祐巳は十分美しい話だと云っていたが、令の中では高等部になったら由乃が妹になる事が既に決まっていたという事。
体育祭で前黄薔薇さま、鳥居江利子との「約束」も令は知らない。
知らない、と云うより、これは知られる訳にはいかない。
由乃と江利子は令を挟んだ両極、ライバルだから。
だから令には解らない。
ピンと来る妹を見つける事の難しさと、妹を作る事のプレッシャーは。
「令ちゃんよりも祥子さまの方がそれを知っているかもしれないな…」
そして多分、妹が『妹』を作る事の淋しさも祥子は今感じているのかもしれない。
「…令ちゃんは、どうなのかな」
由乃が妹を作ったら、令ちゃんはどう思うのかな。
淋しいって思うかな。
ずっと一緒だった由乃と令ちゃん。
でも由乃に妹が出来たら…
「…あーあ…こんなで、私に妹なんて見つけられるのかな…ああもう…祐巳さーん…」
由乃は思わず祐巳に助けを求めたくなってしまった。
ここ最近までの話の中で祐巳は、瞳子には嫌われていると、可南子は祐巳の妹になる気は無いと、そう思っている。
でも人の心は変わるもの、瞳子も可南子も令の云う様に祐巳を好ましく思っているかもしれない。
「…もし令ちゃんの云う通りだったら、祐巳さんはどうするんだろうな…」
いつの間にか怒りは消え、なんだか妙にしんみりとしてしまっていた。
江利子との『約束』の事もあるし、それ以前に黄薔薇のつぼみとして、妹は作らない訳にいかない。
でももう少し。
もう少しだけ「令ちゃんだけの由乃」でいたい。
そんな気持になってしまっていた。
いつか妹を作る事になると思う。
だから今はまだもう少しこの場所で。
「帰ろう」
由乃は今まで歩いて来ていた道を回れ右。
帰って殆ど食べずに残してきた令ちゃんのケーキ食べよう。
もう少しだけ…「令ちゃんだけの由乃」でいよう。
fin
後書き
執筆終了日:20031106
瞳子ちゃんに続いて由乃さんです。
急に書きたくなって今日数時間で書き始め仕上げたものです…新鮮です(笑)
なんか、これ以上時間掛けてしまうと由乃さんの勢いが無くなっちゃう気がして速攻でupしちゃったので何処か変かもですが…
相変わらず別人ですゴメンナサイ