事情と情事
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…ひとりになると、時折、ふ…っと頭を過ぎる事があった。
それは、祐巳ちゃんが傍にいてくれて、帰宅した後、過ぎる事が多かった。

それはイケナイと、解っている感情。



「『独占欲』なんてものは、醜い感情よね」

よく行くコーヒーショップで、時間潰しをしていた時。
後ろの席に座っていた二人組の話が、聞くつもりは全く無かったけれど耳に入ってきた。

「でも、それだけ好かれてるって事じゃない」
「そりゃそうだけど…でも、時々それを全開にされると、ウザく思うよ」

そう云いながら溜息をつく人に、もうひとりが「贅沢な悩みだこと」と苦笑している。

時計に目を向けると、そろそろ約束の時間で、私は途中で買ったペーパーバックを手に立ち上がった。
見るとはなしに、その人たちに目を向ける。
年の頃は、24〜5といった処か。

綺麗な蝶々みたいな、女性二人組。
これなら男にモテるだろうな、なんて思いながら思わず微笑んでしまった。

「…っ」

二人組のうち、ひとりが私を見て顔を赤らめた。
しまった、微笑んでしまったのを見られたか。

こんなだから、『無意識のタラシ』なんて云われるのかもしれない。




「独占欲、か…」

待ち合わせの場所に向かいながら、ひとりごちる。
自分の中に渦巻いているのも、その類のものだって事は、解っている。
独り占めしたくなる。
好きで、どうしようもなく、好きで。

そんな自分をひた隠しにして、余裕のあるフリをしながら笑っている。
こんなドロドロとしたものを抱えているなんて、気付かれたくない。
去年の夏休み前の連休に、初めて肌を合わせてからも、その感情は納まるところを知らず。
いや、抱き合う事の充足感を知って、更にそれは増している。
まさに、留まる所を知らないといった感じ。

抱きしめて、閉じ込めて、その全てを私だけのものに…

そんな危険な感情が、私の中には、あるのだ。
その感情を、飼い慣らし、鋼鉄の檻に閉じ込めて大きな鍵をつけておかなくてはならない。

そうしなくては、いつか、この感情があの子を傷付ける。
だから、そうならないように。






「聖さま!」

小走りに近寄って来て、無邪気に私を覗き込んでくる。
些細な事にも、私の心は走り出そうとしてしまう。

「ごめん、待たせた?」
「いいえ、ほんのちょっと前に来ました」
「小母様たちはもう発ったの?」
「はい!ご迷惑掛けない様に、聖さまに宜しくと云っていました」

珍しく、祐巳ちゃんからのお誘いだった。
小母様たちが急な用でお祖母様のお宅に行くのだそうだ。
子供たちは家庭学習期間だから行こうと思えば一緒に行けたのだけど、祐巳ちゃんも祐麒も同行しない事にしたらしい。
で、土曜日の今日発った小母様たちに許可済みで、祐巳ちゃんは私の部屋にお泊りに来る事になった。
祐麒は友達の家に行くとかで、それなら…と小母様も祐巳ちゃんをひとりで留守番させるよりはと二つ返事で了承をくれた。
とは云っても、今まで私の部屋に泊まる事を止められた事はないけれど。

全面的に、信用されている。
それが嬉しくもあり、心苦しくもある。
親の目の届かないところで、リリアンの学生にあるまじき行為を重ねている。
不純同性交遊で、いつ呼び出されても仕方が無い事を。


二人きり、夜に一緒の部屋にいるとどうしても、そういう雰囲気になってしまうから。
…いや、夜だけじゃなくそういう事に突入してしまった事も、あるけれど。






独占欲のカタマリ。

私の心は、そんなものに支配されている。
求めれば、応じてくれるから、求めてしまう。

なんて考えは…ずるい考え。
それを免罪符にしている。
応じさせている、とは考えないのか。

シャワーを使っている祐巳ちゃんを待ちながら、苦笑する。

この後、当然のように私たちは抱き合う。
あの、高等部の頃によく私がやっていたような、じゃれあうような触れ合いなどではなく。
服を脱ぎ捨て、素肌を合わせて欲望をぶつけるように、抱き合う。
快楽を伴う、性的なもの。

普段の祐巳ちゃんではない祐巳ちゃんを、引き出すのだ。
ただただ可愛い祐巳ちゃんから、艶かしく私を誘う女の部分を。

それをただひとり、見せてもらえるのは、私だけ。
それで独占欲を持つな、などと云われても多分無理だ。

もっと、と。
もっと見せて、と。
もっと求めてほしいと、望まずにいられない。

私を、求めて。
もっともっと、私を望んで。



バスルームから、カタン、と音がして…祐巳ちゃんがドアを開いた。。






…後編へ続く



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