事情と情事
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「…祐巳ちゃん…もうそろそろ機嫌直してよ」
あれから、洗面所から戻った祐巳ちゃんは少し怒っているようだった。
待ち合わせの時、時間潰しに立ち寄った書店で買ったペーパーバックを私に背を向けて読んでいる祐巳ちゃんに、困ったな、と私は苦く笑う。
ちょっぴりホラーテイストのそれを読むフリを、きっとしている。
だって祐巳ちゃんは恐がりだから。
多分、図星だったんだだろう。
…多分、祐巳ちゃんは祐麒が隠したその本の写真に、『自分』の姿を重ねたのだ。
想像というより、重ねた。
自分と、私を…女の子同士が絡む写真に。
それを云い当てられて、羞恥と困惑、そして…怒りを感じたのだろう。
まだ他にも複雑な思いがあるみたいだけど、それはちょっと解らない。
そして私に怒っているようだけれど、そうじゃない。
祐巳ちゃんは、祐巳ちゃん自身に怒っている。
それを思ってしまった…写真に自分自身を重ねてしまった、自分に。
何故?と思う気持ちと、何故か理解出来る気持と。
私は祐巳ちゃんを見詰めながらどう行動したら良いかを考えていた。
動くのは、簡単。
でも、そうする事によって、祐巳ちゃんが傷付くかもしれない…なんて考えてしまって…なかなか動き出せない。
そうしているうちに、祐巳ちゃんの私を伺う雰囲気が段々と変わってきた。
…怒りの矛先が、変わった?
「…もう、やだ」
祐巳ちゃんが、ぽつりと呟いた。
ソファに座らず、床で本を読んでいたはずの祐巳ちゃんが、膝を抱えてそう云った。
思わず、「しまった」と思った。
間違えた…と。
「祐巳ちゃん」
そう名を呼んで、私は肩口に揺れているちょっとクセのある髪に指を絡ませた。
「ね…祐巳ちゃん…そろそろ許して」
「……」
私の声に、何も云わない。
ただ、膝におでこをくっつけている。
「祐巳ちゃんが、祐麒の隠した本の写真から想像しちゃったのって、祐巳ちゃんと私、だよね?」
「……っ!」
ぴくん、と祐巳ちゃんの肩が揺れた。
「もしそうなら…私はちょっと嬉しいんだ…だって、それって私を欲しがってくれている証拠だから」
祐巳ちゃんの顔が、腕の中に隠される。
もう完全に表情は見えない。
「…祐巳ちゃん」
私はソファから下りて祐巳ちゃんの傍に膝をついた。
そして膝を抱えたまま祐巳ちゃんを、包み込むように抱きしめた。
小刻みに、祐巳ちゃんの体が震えている。
…触れてみて、やっとそれに気付けた。
「ね…祐巳ちゃん…私が思っている様に、祐巳ちゃんも私を欲しいと思ってくれてるのかな…」
髪に口付けて、云う。
私と同じ、シャンプーの香り。
「私は、ずっと祐巳ちゃんを欲しかった」
そう、ずっと。
大学の優先入学のための試験勉強の手伝いで祐巳ちゃんの家に行っていた時も。
成り行きでお泊りしてしまった時も。
ずっと、私は祐巳ちゃんが欲しかった。
触れたくて、抱きしめたくて。
だから…今日が、本当に嬉しかった。
触れる事を、許されている気がしたから。
ゆっくりと、祐巳ちゃんが腕の力を緩めて、ほんの少し、顔を上げた。
「ね…もっと顔上げて。キス、したいから」
「……いやです」
「どうして?」
「我慢出来なくなっちゃう…」
うわ。
それは反則でしょ。
そんな風に云われたら、無理矢理に顔を上げさせたくなってしまう。
「顔、上げて」
「…や」
「祐巳ちゃん」
私は、少し顔を出している耳に、唇を寄せた。
「っ!」
「お願い」
声が掠れた。
もう、泣きたい位に、祐巳ちゃんが欲しい。
「もう…我慢出来ないから…私の方が」
そう云うと、祐巳ちゃんがゆっくりと赤い顔を腕から上げた。
ベッドまで、もたなかった。
ベッドに連れていって、あげられなかった。
そのまま床に絡むように倒れ込んで、その誘うように開かれた唇を奪った。
深く口付けて。
逃げる舌を追い掛けて。
私は祐巳ちゃんを味わう。
我慢していた。
キスを交わせば、もうダメだって思っていたから。
鍵が壊れて、欲しがる私が外に出てしまう。
パジャマのボタンを外すのももどかしくて、私は裾から手を差し入れてめくり上げた。
露わになる、肌。
お腹から二つの小振りな胸へのラインを辿り、そしてその片方を手の平で包むようにする。
絡めたままの舌が、ぴくりと反応し、鼻を甘やかな吐息が抜けた。
手の動きに、ぴくぴくと震える舌と体。
早急に、求めてしまいそうになる。
その為には、着ているものを脱がさなくてはいけない。
パジャマの中の手を引き抜き、ボタンを外しに掛かった。
ひとつ…ふたつと外していくと、触れていた胸が露わになる。
絡めていた舌を解放して、私はゆっくりと唇を滑らせた。
「聖…さま…っ」
祐巳ちゃんの声を聞きながら、肌を唇が滑っていく。
「ず…るい…」
え?
私は顔を上げて祐巳ちゃんの顔を見た。
「祐巳ちゃん…?」
荒い呼吸を繰り返しながら、祐巳ちゃんは私を見た。
そして、そっと体を起こす。
「ずるい…です…聖さまってば…」
「何…?」
「私ばっかり…煽られて…る」
そう云いながら、祐巳ちゃんの手が私のパジャマのボタンに掛かった。
ゆっくりと外されていくボタンを抵抗する事なく見詰める。
「私だって…触れたい…し…欲しい…です…」
祐巳ちゃんの唇が、私の鎖骨に降りてきた。
熱く乱れている呼吸が、肌に掛かる。
「…ん」
「すき…」
祐巳ちゃんが、私の肌に跡を残す。
「好きです…聖さま…」
全てのボタンが外されて、肩からパジャマが落とされた。
初めての事に、何がどうなるのか解らず、されるがままになってしまう。
「私だって…ずっと欲しかった…触れたくて……そんな時に祐麒の本が…」
「ゆ…みちゃん…」
「あの写真見て…聖さまに触れたいって…思いが強くなって…」
「……っ」
首筋を滑る祐巳ちゃんの唇に、思わず息を飲んでしまう。
背筋がぞくぞくする。
「…こら…ダメだよ…も…う」
「嫌ですか…?」
「そんなんじゃ…ないって…でも…もうダメ」
「…触れたいんです…」
「…っ!」
思わず、唇を噛み締めた。
私の肌に遠慮がちに触れていた祐巳ちゃんの手が、胸に触れたから。
その、敏感な実に。
「祐巳…っ!」
私がいつも祐巳ちゃんにするように触れようとしているけれど、遠慮がちなのも手伝って震えている手。
その震えが、微妙な感覚で私に伝わる。
「も、ダメ…だって…っ」
「いや…っ」
手を外そうとすると、その手を掴まれてしまう。
「私だって…私だって聖さまに触れたいんです…っ」
「…っあ…!」
逃げられない。
困った。
どうすればいい?
そんな事ばかりが頭に過ぎり出す。
確実に高まっていく体。
祐巳ちゃんの、遠慮がちな手の動きが、私を切なくさせる。
…そうだったのか。
祐巳ちゃんの、自分自身への怒り、複雑な感情。
それは、コレだったのかもしれない。
私に、触れたかったのかもしれない。
スイマセン…終わらない。
明日に持ち越します…許して。