純粋な友情が存在する場所
(聖祐巳+…)



『友達』って、結構微妙。

ただの『友人』か『親友』で大きな違い。

そして『友情』も微妙。

だって時々『愛情』にとても近くなる事もあるから。






あの雨の日の出来事の、三日後。
二日振りのリリアン。
二日振りの薔薇の館。
祐巳は緊張気味にビスケットの扉を開いた。


「ご…ごきげん、よう…」
「祐巳さん…!もう、大丈夫なの…?」

薔薇の館にひとりでいた志摩子さんが祐巳に駆け寄ってくる。
あの日、蓉子さまと薔薇の館に向かった時、志摩子さんと逢った。
フラフラの祐巳を心配そうに見ていた志摩子さんの顔を、思い出す。

「うん、もう平気…有難う。心配掛けてごめんね」
「祐巳さんが、元気になってくれたのなら、いいわ…でも…」
「え?」
「もう、嫌よ?駅で祐巳さんが倒れた時…本当に驚いたんだから…」
「志摩子さん…」

それは、解る。
あの時、本当に必死な志摩子さんの声が遠くなっていく意識の中で聞こえたから。
『祐巳さん!』って、真剣な声で、呼んでくれたから。

「…志摩子さん……ごめん…」
「本当に、もういいのよ。気にしないで?」
「ううん、そうじゃなくて……あの……あの…ね」

なかなか、口から言葉が出てこない。

「…祐巳さん…?…あ…もしかして、お姉さまの事、かしら」
「……っ!」

祐巳は、思わず肩が揺れてしまった。

聖さま…

聖さまは、志摩子さんのスールで…お姉さまで…
だから…だから。

「志摩子さ…」
「どうして、祐巳さんが私にお姉さまの事で謝らなくてはならないの?」
「…だって…志摩子さんと聖さまは…姉妹で…」
「姉妹なら、断らなくてはならないの?」
「…だって…」

俯いてしまう。
志摩子さんの顔が、見られない。

「ねぇ、祐巳さん。姉妹なら、必ずお姉さまにそういう感情を持っていなきゃ、いけないのかしら…?祐巳さんは、どうかしら」
「…え?」
「祐巳さんは、祥子さまの事を、そういう『好き』…?」

志摩子さんが、少し控えめな声で、そう云った。
祥子さま…
祥子さまの事は本当に大好きで、憧れていて…でも…

「…あ」
「ね?私も、同じ…かもしれない。お姉さまの事は、本当に大好きよ。私はお姉さまと姉妹になれて…本当に嬉しい。私を支えてくれて、私の居場所を薔薇の館に…『ここが志摩子の場所よ』って、くれて…。前に云った事、あったわよね…?…私は、いつでもここを出て行く事になっても良いように…身軽で居たかったって。そして私を少しでも解る人は『何か』に所属させるって」
「…聖さまが、志摩子さんを妹にしたのは、それだけじゃないと思うよ…?」
「…ええ、それは、そうかもしれないけれど…でも、私もお姉さまも、似たもの同士だから…なんとなく解るの。そういうものを求めている姉妹も確かにいると思う。でも、私とお姉さまの間に流れるものは、それとは少し違うって…」

窓の外の、綺麗な青空を見ながら、志摩子さんはそう云った。

「…前に、祐巳さんが私に『どうして祥子さまの姉妹の申し出を断ったのか』って聞いた事、あったわよね」
「うん…」
「あの時も、そうだったけれど…『その質問は、私があなたに聞くのではなくて?』」
「…志摩子さん…」

ふふ、と志摩子さんは祐巳を真っ直ぐに見て、微笑む。

「私と祐巳さんって、少し似てる処があるのかしらね」
「私と、志摩子さんが?」
「ええ。祥子さまからのロザリオを断ったり、お姉さま以外の人を好きになったり…ううん、お姉さまの事は大好きだけれど、でも…心は違う処へ向ってしまった処とか」

志摩子さんは、祐巳の手を、そっと取って、握った。

なんだか、志摩子さんの手に、祐巳はドキッとした。

「志摩子さん…?」
「…お姉さまには、祐巳さんが必要なの…私たち姉妹は、『似たもの同士』だから、解るわ」











「ねぇ、祐巳さん…さ?私に云っていない事…あるでしょ?」

志摩子さんと、そんな話をした、数週間後。
祐巳と由乃さんの他には、まだ誰も来ていない薔薇の館。
ポットのお湯の用意をしている祐巳に、お菓子を皿に並べていた由乃さんが伺う様に聞いてきた。

「……え?」

思わず、ドキリとした。
思い当たる事柄は、ひとつしかなかった。

「…由乃、さん…?」
「ずっと、祐巳さん…様子がおかしかった。ご飯も食べられなくなって…でも、あの日を境に少しずつ、元通りになっていって…。そんな祐巳さんを見ていて、私が気付かないとでも思う?…あの雨の日に、何かあったんでしょう…?」
「…名探偵由乃さんの推理、って奴?」
「そうよ。しかも良く当たるわ。そして、もうひとつ…気付いた事もあるの…」

お菓子の用意をしていた由乃さんが、その手を休めて台所にいる祐巳の前に立って真っ直ぐに見た。

「…祐巳さん、祥子さま以外の誰かに……」


誰かが階段をあがってくる音が聞こえて、由乃さんはまたお菓子の用意に戻ってしまった。

祐巳は、ビスケットの扉が開くまで、呆然と由乃さんを見ていた。



『…祐巳さん、祥子さま以外の誰かに……ううん、違う…祥子さま以外の誰かと、恋しているでしょう…?』


由乃さんは、確かに、そう云った。
祥子さま以外の人が好きなの?と…

祐巳はどう答えたらいいのか、解らなかった。

志摩子さんとは、ああ云ったけれど…
もしかしなくても、姉妹のロザリオの授受っていうのは『特別』だから。

由乃さんが、祐巳の聖さまへの気持ちが祥子さまとの気持ちとは違うって…その事をどう思うかが…気になった。

真剣に話せば、理解はしてくれる。
由乃さんならきっと。

でも…やっぱり、少し恐かった。











「令ちゃん…」

帰り道。
銀杏並木を二人並んで歩きながら、何かを思い詰めた様な声で、由乃が私を呼んだ。

「ねぇ、令ちゃん…私、早まっちゃったかも…」
「何?どうかしたの?」
「……祐巳さんの事…」
「祐巳ちゃんの、事…?」

不思議そうな声を出す、そんな私に由乃は溜息をついた。

「この間の雨の日に話した事…憶えてる?」
「…雨の日…」
「祐巳さんが恋患いしてるんじゃないかって話よ…忘れちゃったの?令ちゃんってば…」
「…ああ、あの話ね…って、それが何?由乃、祐巳ちゃんに突撃したの?」

由乃はムゥ…という様な顔をした。
そして、前方を歩いている話の元凶…ツインテールの友人の背中を見た。
何を急いでいるのか、ちょっと小走り。
ツインテールがピョコピョコ跳ねている。

「うん…祐巳さんにね、聞いてみた…『祐巳さんは祥子さま以外の誰かと恋しているでしょう?』って…その時の…祐巳さんの顔見たら…聞かなきゃよかったって、思った…」
「由乃?」

俯く由乃を見て、私はいぶかしげな顔をする。

「…祐巳さんは、誰かに恋してる…誰かと恋してる…それが本当だって、解っちゃった…。そりゃあ恋患いしてるんじゃないか?って思ってたし、令ちゃんともそう話したけど…でも…でも実際に、祐巳さんの顔見たら…」
「由乃…」

複雑な表情をする由乃に私は掛ける言葉が見つからない。

初めて出来た友達…いや、親友。
祐巳ちゃんは由乃にとって大切な存在。

その祐巳ちゃんに訪れた、誰かへの、特別な感情。

しかもそれは、『姉妹』の祥子ではなく、他の誰かへの…

私は思わず、親友の祥子の心配をしてしまうのだけれど…
でも今は、由乃の事が先決だ。


由乃に何と言葉を掛けて良いものか…と思案する。
そして何気なく前方を小走りしていた筈の祐巳ちゃんに目を向けて私は思わず「あっ」と声をあげた。
そんなに大きくはないけれど、由乃の耳にしっかり聞こえる位の声。

「令ちゃん?」
「由乃…前…祐巳ちゃん…」
「え?」

私の言葉に由乃も前を見る。

「祐巳さんと…聖さま…?それがどうかしたの?令ちゃん」
「…よく見て、由乃…祐巳ちゃんと聖さまの表情」

云われて由乃はふたりを見た。
聖さまを見る、祐巳ちゃんの表情…祐巳ちゃんを見る、聖さまの表情を。

「…え?…ちょっと待って…コレって…!?」

由乃が驚いた様に声をあげる。

聖さまが祐巳ちゃんを見る表情は今までに見た事もない様な、穏やかで優しい表情で。
祐巳ちゃんが聖さまを見る表情も、いつもみんなに見せるソレとはどこか違っていて。

「祐巳さんと…聖さま…?」

由乃が呆然と呟く。

でも…何故だろう。
私は、何故か二人を見ていて「ああ、そうだったんだ」みたいな感情しかなかった。

だって、あんな表情を見せられたら、何も云えない。
それに…きっと、二人とも悩んだに違いない。

それより。
やはり思うのは、祥子の事。

祥子は祐巳ちゃんを本当に大事に思っていて…そして、こんな事を云えば怒り狂うかもしれないけれど、祥子は祐巳ちゃんに相当依存している処があるから。

もし知っているのなら…相当ショックなのではないか…そう思う。



そんな事を考えていた時、由乃が、ふたりの元へ駆け出そうとした。

「ちょっと待った」
「令ちゃん…!」
「待って。ほら、よく見て」

祐巳ちゃんが何かを云ったらしく、それに聖さまは痛みを含んだ目で祐巳ちゃんを見て…その頭を撫でている。
祐巳ちゃんも、うな垂れたまま。

多分、由乃の質問を、聖さまに告げたんだろう…そう思った。

由乃にとって、祐巳ちゃんが親友な様に、祐巳ちゃんだって由乃を親友として大切に思っている筈だから。


あ。
聖さまが此方に気が付いて、祐巳ちゃんに何かを云った。

それに、祐巳ちゃんがハッとしたように此方を見た。

泣きそうな、顔。

「由乃…祐巳ちゃんの、あんな顔見て…どう思う?」
「令ちゃん…」

私を見上げる由乃も、泣きそうな顔をしている。

「…由乃、人を好きだって思う気持ちは…誰にもどうにも出来ないよ…?」
「…解ってる…そんなの、解ってる。だって…祐巳さんはご飯も喉を通らなくなる位、聖さまの事、好きなんでしょ…?私が云ってるのは…そんな事じゃなくて…!」

由乃はグッと足を踏みしめると、走り出した。

「よ、由乃…!」

寸での処で、腕を掴み損ねた。

由乃は一直線に祐巳ちゃんへと走っていく。

その走りっぷりは、以前心臓を手術した人間だなんて事を微塵も感じさせない。

私は、惚れ惚れしながら、その後ろ姿を見ていた。

…って、イカン。
浸ってる場合じゃなかった。







「祐巳さん…!」
「…由乃、さん…」

真っ直ぐに、祐巳ちゃんへと由乃ちゃんが走ってくる。

「祐巳さんの…莫迦!なんで悩んでたなら、一言も云ってくれないのよ…!」

走ってきた勢いのまま、祐巳ちゃんに抱きついた。

「よ、由乃さん…」
「聖さま!」

うわ、由乃ちゃんがキッと私を見た。
これはちょっと、恐い。

「祐巳さんを悲しませるような事したら、許しませんから!」

慌てて走ってきた令と、思わず顔を見合わせた。

令はやはり複雑そうな表情をしている。

…祥子の事だろう。

だから、私は、由乃ちゃんと令を交互に見ながら頷いた。

それしか、出来ないから。





人もまばらなバスの最後尾に座って、うな垂れている祐巳ちゃんの手を握る。

「…大丈夫」
「はい…」
「大丈夫、だから…」
「は…い…」

窓側に座っている祐巳ちゃんのスカートに、ポツン、と涙が落ちる。
私は祐巳ちゃんの手を少し強く握った。

「…友情ってね、凄く難しいものなんだと思う。心を許せる親友なら、特にね…『話して欲しい』気持ちと『話さないといけない』と思う気持ちってのがあって。話してくれないと、どうしてだろうって思うし。話したら、今まで築いた関係が壊れるんじゃないか…とか。そんな事で毀れるなら、親友じゃないのにね…」
「聖さま…」
「でも、どうしても、好きな人には嫌われたくないって思うしね」

私は祐巳ちゃんの顔を見て、苦く笑う。

「さっきの祐巳ちゃんと由乃ちゃん見てたら、ちょっと嫉妬しそうになった。多分、令もそうだったんじゃないかな」
「…へ?」
「友情って、時には愛情にとても近くなる事があるから」
「…解ります」
「そう?」
「…だって…蓉子さまと聖さまも、そんな感じだから…」
「…蓉子と私が…?そ、そう…かな?」
「はい…あんな風に聖さまを怒れるのは、聖さまが大切だからです…聖さまも、蓉子さまの言葉はすんなりと耳に入っていた感じがしました」

羨ましかった、と祐巳ちゃんは俯く。

確かに、蓉子は私にとって、かけがえの無い親友だから…祐巳ちゃんがそう思うのも無理はない。
何度も助けられた。
何度も叱られた。
その度に、反発したけれど…

『友人ってのは、損な役割なのよ』

以前そう云っていたのを思い出して苦笑する。

「由乃さんや、志摩子さんと…聖さまと蓉子さまみたいな親友になりたいです」
「あんな風にうるさくなるのも考えものだと思うけどね」
「…蓉子さまに云い付けますよ?」
「それは勘弁して」
「…白薔薇さまと紅薔薇さまと黄薔薇さま…あんな関係になれるのが、私の理想なんです」

そう云って微笑む祐巳ちゃんに私も微笑む。

「でも、その度に嫉妬させられるのは、勘弁してほしいかも」
「それはお互いさまですから」

おや、と祐巳ちゃんを見る。
自分の云った言葉に気付いていないのか、微笑んでいる。

「祐巳ちゃん、蓉子に嫉妬してた?」

祐巳ちゃんがボンッと顔を紅くした。




『友情』ってヤツは、なかなか微妙なものかもしれない。

時々、『愛情』にとても近くなる事もあるから。


勿論、好きな子を想う気持ちと間違えたりなんかしないけれど。







後書き

執筆日:20040726〜20040727


何故に最後をしめるのか、聖さま。


今回は友情(?)話。

志摩子さんと祐巳。
祐巳と由乃さん。
令さまと祥子さま。
そして聖さまと蓉子さま。

げ、江利子さま書きそびれた…(汗)

友情って微妙だと思うんですよ。
この人のためなら!みたいな処があるじゃないですか。
(まぁ時折勘違いもありますけどね…それは置いておいて)

聖さまが云うところの「純粋な友情が存在するところには…」ってヤツですかね。

しかし、暑さのせいで26日にupが出来ず…
でも、そのお陰か大幅加筆出来ました。

良かったのか悪かったのか…(苦笑)

そしてこれをupする数時間前。
物凄い雷でup出来るか心配でした…よかった、up出来て。

宜しければ、感想など…



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