彼女の笑顔と
(聖、蔦子)





帰り道は大学部の今も高等部の頃も一緒。
卒業生と在校生が遭遇、なんて事がよく発生する。

まあ私の場合、一個人に対してのみ、それは頻繁ではあるけれど。


「おや?」
「あ」

私以外、待っているものがいないバス亭にやってきたリリアン生。
この日私が遭遇したのは祐巳ちゃんではなく、カメラ片手の高等部写真部のエース。

「ごきげんよう、佐藤聖さま、お久し振りですね」
「ごきげんよう、蔦子ちゃん」

…うーん、私はあんまり久し振りって気もしないんだけどねぇ…

「は?」
「いやいやこっちの話。でも珍しいね、こんな時間にこんな所で」

もう陽は傾き、赤い空にせっかちな一番星が瞬いている。

腕時計は相変わらず持ち歩いていないので時間は解らないけれど、5時を過ぎた位のはず。

「暗室に篭って現像していたんですが、気がついたらこんな時間になっていまして」

そう云って苦笑している蔦子ちゃんに目を細める。

「って事は、良い写真が撮れてるんだ。前に祐巳ちゃんが云ってたよ?『蔦子さんは良いものが撮れるとお昼を犠牲にしても現像する』って」
「祐巳さんってば、何を云っているんだか」

あ。

声に出さずに口の中で呟く。

蔦子ちゃんの笑みがほんの少し、変わった。
それはきっと、『祐巳さん』という言葉にほんの少し含まれているあたたかなものの処為。

へぇ…こんな顔も出来るんじゃない、蔦子ちゃん。

私が知っているのは、いつもどこか隙がない笑みだったから。
その柔らかい笑みに、ふむ…と思う。

「でも、蔦子ちゃんはホント、良い写真撮るよね。シャッターチャンスは逃さない」
「周囲に良い被写体が多いですから、カメラは欠かせませんよ。せっかくのチャンスを逃したくはないですから」

という訳で1枚、とカメラを掲げて確認を取る様に首を傾げた蔦子に苦笑う。

「私はもう高等部の生徒じゃないよ」
「でもリリアンの生徒ですから。私のターゲットは幼稚舎から大学部、それにOGのおばあさま迄ですから」

そう云いながら、カメラがパシャリ、と軽いシャッター音をさせた。

満足気に「出来たら差し上げますね」と云う蔦子ちゃんに有難うと云う。
そしてふいに思い出したという様に呟いた。

「被写体、か…。前に薔薇の館のクリスマスの時の写真を見た時にも思ったんだけど、蔦子ちゃんの写真は祐巳ちゃんのが多いね」
「祐巳さんはとても良い被写体なので、つい撮ってしまうんですよ」
「ああ、祐巳ちゃんは百面相だしね」
「ええ。いくら撮っても足りない位です」

祐巳ちゃんはまさに『百面相』の名に相応しい。
感情が素直に現れる。##BR##そのコロコロ変わる表情は、確かに興味深いだろう。

でも。

「でもさ、蔦子ちゃん。常に目で追っていないと、シャッターチャンスは掴めないよね」
「え?」

私は腕を組んで片足に重心をかける様に立ち、その一挙手一投足を見逃さない様に、蔦子ちゃんを見つめた。

威圧的にも思えるだろう、そんな私を蔦子ちゃんはただ見つめる。


「気に掛けて、目で追って、側にいないと、撮れなかったでしょ?良い表情なんてのはなかなか」

何気なく、祐巳ちゃんを見掛けた時、カメラを構えている蔦子ちゃんも見掛ける事が多い。

だから、一方的に見掛けているだけとは云え、私には久し振りという気がしなかった。

そりゃあ勿論、祐巳ちゃんを撮っている時ばかりを見掛けた訳では無いけれど。

でも、それは結構な確率だったから。

わずかに眉を動かしただけで蔦子ちゃんはすぐにフッと表情を和らげた。

さすが蔦子ちゃん、隙がない。

「ええ、全くです」

そう云いながら、鞄から冊子を取り出し、その中から写真を一葉、抜き取って差し出してきた。

「けれど、聖さまもそうじゃないですか?」
「私?」
「ええ。気に掛けて、目で追っていないと、祐巳さんに何かあった時、あんなにタイミング良く側にいて手を差し伸べられたり、祐巳さんの変化に気付いたりなんて出来ません」

それは、受け取って見ると、予想に違わぬ写真。

いや、ある意味予想もしていない写真だったかもしれない。

「私は、写真には無意識のものや『素』の感情とか、隠れているものが写ると思うんです」
「…素?」
「ええ。私はそれを写真に収めたい、そう思ってます。普段は巧妙に隠されている『素』の表情はとても美しいものだから」

私は手にしている写真を見ながら、苦笑する。

「人の『素』が綺麗なものばかりとは、限らないでしょ?『素』だからこそ、醜いものだってある」

そりゃリリアンの天使たちは『綺麗』かもしれないけどね。

「それはそうかもしれません。でも、私には、それすらも魅力的ですよ」
「へぇ?その『素』が、ただ醜悪なものだとしても?」
「何も知らないのも『綺麗』ですが、自分の中の醜悪な部分を知っている強さも人間としての美しさではないかと」

そこまで云って、蔦子ちゃんは一旦口を閉ざすと、カメラを指でス…ッとひと撫して続けた。

「そして…それらを無意識にでも自分の内に取り込んで昇華出来る人は更に魅力的ですね」
「…成程」

今この手にある写真。
下校途中の祐巳ちゃんと、私が写っている写真。

笑う祐巳ちゃんと、それを見つめて微笑んでいる私。

蔦子ちゃんが云った事は、写真の何たるかは私には解らないけれど、とても良く理解出来た。

周りの意見だけでもなく、自分だけの意見だけでもなく、周りの意見を取り入れながら、自分の考えを導き出す。

それはとても柔軟で。
けれど、なかなか出来る事ではない。


「だからこそ、祐巳ちゃんか」

私の呟きに、特に返答は無い。
蔦子ちゃんはただ微笑んだだけだ。

「その写真、差し上げます。ずっと機会があったら差し上げようと思っていたんです」
「有難う…でも、祐巳ちゃんに渡してくれたらよかったのに」
「いえ、写真は自分で手渡さないと。写真を見た時の反応が見たいですから」


それから、程なくしてやってきた乗車客もまばらなバスに乗り込んで、それぞれ定位置に腰を降ろす。

蔦子ちゃんはバスの中程、それより少し後ろ。
私は最後尾。

静かに走り出すバスの振動に身を任せながら、一度は仕舞った写真をそっとカバンから取り出した。

「…さすが、云うだけの事はある」

写真の中の自分に苦笑し、それから笑顔全開の後輩に視線を移す。

とても自然で、魅力的な、最高の笑顔。
誰もが魅了されるに違いない。

だって彼女は驚く程にすんなりと、心の中に入ってくる。

これを写した後輩もそうだったに違いない。

こんな私自身もそうなんだから。


fin?


後書き

最終執筆日:20040429

聖さまと蔦子さん、祐巳ちゃんを語る、って感じでしょうか…何書いているんでしょう(苦笑)
またしても書いている私だけが楽しいモノになってしまっています…もう少し読む人の事も考えましょうね?私…

精進精進。



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