肩ごし(35題パート2」


目が覚めると、そこは聖さまの膝で。

「あ、起きた?」
「え?…ええっ!?」

祐巳はいつの間に聖さまの膝を枕にしてしまっていたんだろう!
慌てて体を起こそうとすると、聖さまが「まぁまぁ」と肩に手を置いて祐巳の動きを止めた。

「せ、聖さま…?」
「そんなに焦って離れようとする事ないじゃない。傷つくなぁ」

くすくすと笑って云う聖さまに、祐巳は何故だか落ち着かない気持ちになる。
…こんな気持には、覚えがある。
いや、あり過ぎるくらい、覚えがあるんだけど。

聖さまがこんな態度を取る時はいつも、こんな風に落ち着かなくなるんだから。

そう、夏の旅行の最初の夜も、そうだったんだから。









露天風呂から出ると、すぅっと涼しさが祐巳の頬を撫でた。
多分、祐巳の顔は真っ赤なんだろうなって思う。

お湯のせいじゃなく、聖さまのせいで。

「祐巳ちゃん、アイス食べる?ほら、そこにアイスの自販機あるよ」

何食わぬ顔の聖さまが、さっきの事なんか忘れてしまったかの様に云う。
聖さまは、祐巳を驚かせたり惑わせたりする天才みたいな人だ。
祐巳をドキドキさせて、ご自分は何食わぬ顔で、「何かあった?」みたいに笑う。
いつも、祐巳ばかり。

祐巳は何も云わずにアイスの自販機の前に立って、イチゴみるくバーを買った。
そして、自販機にお金を入れてモカアイスのボタンを押す聖さまの浴衣の袖口から、買ったイチゴみるくバーを滑り込ませた。

「冷た…っ!ちょっ、祐巳ちゃん!?」
「聖さまの莫迦っ」

べーっ、と舌を出すと、祐巳は丁度開いたエレベーターの扉に体を滑り込ませた。

エレベーターには誰も乗っていなくて、祐巳は壁に背中を預けて溜息をついた。
少しくらい、報復したっていいじゃない。
いっつも、聖さまには振り回されてるんだから。

でも、祐巳は詰めが甘かった事に気付いたのは、部屋の前に来てからだった。


「…鍵、聖さまが持ってるんだった…」





なんだか、情けなくなってしまった。
結局、祐巳は聖さまが戻るまで部屋の前で待っていなくちゃいけないんだから。

程なく、アイスを二つを手にした聖さまがエレベーターホールから現れた。
なんだか、あんな風にして来た手前、バツが悪い。

「君は、一体何をしたかったんですかね?」

ドアの傍でしゃがみ込んでいる祐巳の見下ろしながら、聖さまが云う。
その表情は、なんと形容していいか解らない複雑な表情で。
そして軽く溜息をつくと、「アイスが溶けるから」と祐巳を立たせてドアに鍵を差し込んだ。



ベッドに腰を下ろすと、聖さまはモカアイスの袋を開く。
祐巳もペリペリと袋を開いてイチゴみるくバーを取り出した。
自分が原因とはいえ、雰囲気が微妙で居心地が悪い。
声を掛ける事も出来ない。
ひと口食べただけで、所在無げに棒を弄んでしまう。

「…溶けるよ?」

祐巳の様子を怪訝そうに見ながら半分以上食べ終えたモカアイスの棒をこちらに向け、祐巳の持っているアイスを指す。

口にアイスを持ってきて、溶け始めているアイスを舐めるのを、聖さまが見てる。
その目が気になって、思わず手が震えてしまう。

な、なんか…恥ずかしい…

アイスの味なんかもう全然解らない。
ただひんやりとした冷たさだけしか解らない。

「…あ」

聖さまの声に目を上げると、目の前に聖さまが居て、祐巳の横に腰を下ろした。
そして、アイスを持っている手を掴む。

「え…?」

あっという間に、聖さまの唇が祐巳の手を這った。
見ればアイスが溶けて、手首に向かって流れ出していた。

聖さまの舌が、祐巳の手首まで流れた溶けたアイスを舐め上げた。

「…っ!」
「甘いね」

丹念に舐め上げる聖さまを、祐巳は信じられないものを見るような目で見てしまう。
その内に、なんだか落ち着かなくなってきてしまう。

「あ、あの…聖さま…」

溶け流れるアイスを舐めているのか。
それとも祐巳を味見するように舐めているのか。

「何?」

上目遣いに見られて。
でも相変わらず聖さまの舌が祐巳の手を這っていて。
もう何がなんだか解らなくなってしまう。

アイスの棒を持つ指が震える。
このままじゃ、力が抜けてアイスが落下してしまうに違いない。

「せ、いさま……も…やだ…」

何とか告げて、ベッドから腰を上げた。
すると聖さまの手がするりと離れて、それが酷く寂しくなった。

洗面台に駆けて行き、溶けたアイスを水で流すと、直ぐに棒だけになってしまう。
殆ど食べられずに、流してしまったようなものだ。

水に濡れた手を拭いて、ベッドルームの戻ると、聖さまが窓の前に立って月を見上げていた。

どうしてだろう。
ドキドキしてる。

祐巳は聖さまの背中に頬を寄せて、その体を抱きしめた。

「…どうした?」
「どうした…じゃないです」

聖さまは、ずるい。
すぐ祐巳に決めさせようとする。
祐巳ばっかり、なんて、ずるい。

あんなキスされて、気にならない訳、ないじゃないですか。
それなのに、何食わぬ顔をされて。
もう何がなんだか、解らない。
聖さまは祐巳にどうしたいのか。
祐巳をどうしたいのか。

「…祐巳ちゃんは、私にどうしてほしいの」
「え?」

聖さまの、ちょっと掠れた声が聞こえた。

「意識、してるみたいなのに、素っ気無い態度取るし。それでいて、私の事をそんな目で見てるし。旅行でここに来て…こんな風に夜を一緒に過ごすの、この間うちに泊まって以来だし…だからって、がっつくみたいに覆い被さるのは何かどうだろうって思うし…」

あれ?
もしかして、聖さまも祐巳と同じような事、考えてた?

「その気が無いなら、ベッドに入ってもう休もう?明日はちょっと回りたいし…」
「聖さま」

背後から腕を回して、ギュッと聖さまの体を抱きしめた。

「一緒に、休みませんか?私のベッドで…その…ほら、ここのベッド、聖さまのお部屋のベッドと同じか、それ以上の大きさですから、二人で眠っても…」


そう、二人で眠っても広い。
だから、一緒に。

聖さまが振り返って祐巳を抱きしめた。

祐巳は聖さまの肩越しに見える月を見ながら聖さまの唇を待った。




執筆日:20050127


眠くなりそうな展開…なので寝ます。
さて、明日またはりきって書きます。


す、すいません…なんかすいません…
あわわ。



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