風邪
(聖祐巳)




…こほん

軽い咳が聞こえた。
気温の変化が激しいと、どうしても体調が崩れがちになってしまう。

「…大丈夫、心配しなくても平気」

自分の体調は自分で解るから。

なんて事を云うこの人に、思い切りムッとした顔をしてあげた。

だって、そんな何処かの不養生な医者みたいな科白。
全然あてにならない。

「…ダメです」
「でも…」
「でもも何もありません。…じゃあ聖さま。もし私がちょっと顔が赤くて、軽く咳をしていたら、どうします?」
「…家に帰す…」
「ね?」

にっこり笑う。
この人なら、そう云ってくれる。
本当に、大事にしてくれてる事が解る。

だから、祐巳も聖さまの事が大切だから、云うんだから。

そうしたら、とんでもない事を云い出した。

「でも…今日も明日もうち、誰もいないからさ…だから、うちに帰っても、多分私は何もしないよ」
「何故…!」
「だって、面倒だもん」

うわ…何云ってんでしょうか、この人…!

そう思いつつ、でもこの人ならありえる…そう思う自分が何処かにいたりする。

祐巳の事は本当に大事にしてくれる。
でも自分の事となると、結構無頓着な所がある人だから。

今日は幸い、土曜日。

「半日授業が終わってから、たまには映画とか観に行ってみよう♪」なんていう聖さまと待ち合わせた。
そこに現れたのが、ちょっと顔が赤くて軽く咳をしている聖さま。

車に乗り込んでからも軽く咳をしているのは、見逃せなかった。

そして、そんな人を家に帰したとしても、ひとりにさせておくなんて、到底出来ない。

「…解りました」
「祐巳ちゃん?」
「…聖さま、今日、聖さまのおうちに泊めて下さい」

グリン!

聖さまの顔が物凄い勢いで祐巳の方を向いた。

「聖さま!前!前見て下さい!運転中なんですから!」
「ケホ…あ、ごめん」

ああ、吃驚した…
まだ心臓がドキドキいってる。

「だって、今日も明日もご家族がいらっしゃらないんでしょう?だから…」
「わぁい!祐巳ちゃんがお泊り〜ついに祐巳ちゃんが私のモ・ノ」
「何莫迦な事云ってるんですか!」

ああもう、緊張感ってものが無い…

「莫迦って…酷い祐巳ちゃん…コホン」
「咳してる人が何云ってるんですか…看病しに行くんです。だって、面倒とか云ってる人、放ってなんておけません」
…それに、そんな聖さまひとりになんて、出来ませんもん…

ぽろり、と本音がこぼれた。

「…へへ」

車線変更をしながら、聖さまが嬉しそうな顔をする。


「じゃ、行き先、私の家に変更?」
「はい…変更です」
「解った」



そんな顔をさせているのが、祐巳の言葉だと思うと、ちょっと嬉しかった。







聖さまのお宅にお邪魔して、早速熱を測ってみたけれど、熱は平熱よりちょっと高い位。

「じゃあ薬飲まなくちゃいけませんし、私何か作ります。お台所、お借りしますね」
「うん…ありがと」

聖さまが後ろから祐巳に抱き付いてきた。

「聖さま?」
「うん、ちょっと、嬉しいなって」

世話を焼いてくれる事が嬉しい、と聖さまが笑う。

「…聖さまの事なら、喜んでお世話しますよ」

思わず早口になる。
ああもう、なんて事云わせる人なんだろう。

「…だから、軽いうちに治して下さい」
「もうだいぶ楽だよ。咳も殆ど出ないでしょ」
「…じゃぁ、私、帰ってもいいですね」
「それはダメー」

ギュッと祐巳を抱きしめる力が強くなる。

「祐巳ちゃんのお母さんも云ってたでしょ?『聖さまの看病、しっかりなさい』って」
「それは云ってましたけど…」
「お母さん公認で、初お泊り。折角許可貰ったんだから、泊まっていって」

耳元で「御願い」なんて云われちゃったら、聞くしかないじゃないですか!

ああもう…
これも『惚れた弱み』ていう事なのかな…

「解りました、今日はお泊りさせて戴きます…その代わり、キスとか、しちゃダメです」
「なんで!」

がばっと祐巳から離れて、くるん、と自分の方へと回して聖さまは抗議してきた。

「…まだ聖さまの中には風邪菌がいますから。風邪、うつされた困ります」
「そ、そんなぁ!」

酷いだの、横暴だの、聖さまは喚いている。

ああもう、ホントにこの人は…



困った事に、祐巳は聖さまに甘いらしい。

仕方が無い。

もし風邪がうつったら、聖さまに看病してもらおう。



後書き

執筆日:20040624

とうとう三日連続50のお題追加です。
突発もいい所。
しかも甘々モードにギアが入っているらしいです。
末期ですか?私。

今回の話も、現在書いてるSSよりも少し先の話です。
『嫉妬』より後。
多分秋から冬に変わる時期…位。
だから今書いてるSSの未来って感じでしょうか。


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