黄色の中の緑



何気無く。
本当に何気無く、聖さまを見た。

いつもなら銀杏が落ちている足元ばかりを気にしているのに。


聖さまを見て、そこで初めて気がついた。


けれど祐巳の悪い処は、ひとつの事に意識が集中してしまう事で。
それに気がついたばかりに、足元に気を配るのを忘れてしまった。


「ひゃあ!」
「危ない!」


けれど、隣に居たのが聖さまで本当に良かった。

志摩子さんや由乃さんでも、勿論助けてくれたと思うけど、でも支え切れずに一緒に地面にお尻をついてしまいそうだから。


「さっきまでの雨で落ち葉が濡れてて滑るんだから、気をつけなきゃ」
「す、すいません…」

聖さまの腕に支えられていた体勢を戻して申し訳なさそうに頭を下げた。
その頭をワシワシと撫でて、聖さまは笑う。

祐巳は聖さまの、この「仕方がないなぁ」って感じの笑顔が好きだけど、でも最近はこの笑顔をされると、自分がまだまだ頼りないんだという事を知らしめられる気がする。
もう少し、聖さまに見合う自分になりたいって、いつも思っているけれど…
そうなれるのは一体いつなんだろう。

聖さまが、ふと首を傾げた。

いけないいけない。
聖さまは祐巳の表情を読む名人なんだから。

「聖さま、今気付いたんですけど、あそこの銀杏の木だけ、葉がまだ緑なんです」
「え?」

聖さまの向こうにある銀杏の木を指差しながら云う。

祐巳は何気無く聖さまを見た時にその木に気付いた。
…それで足元への意識がお留守になってしまったんだけど。

他の銀杏の木はもう葉を黄色に染め上げて、はらはらと葉を地面に降らせているのに、その木だけはまだ葉が若々しい緑色をしている。

「…ああ、ホントだ…」

聖さまもその木を確認して面白そうな顔をする。

「何故あの木だけ緑なんでしょうね」

他の木より背が小さく、なんだか遠慮がち。
なんだか申し訳なさそうに立っているような気がしてしまった。

「多分、守られてるんじゃないかな?」
「は?守る?」
「うん」

守る?
あの木が、何から?

祐巳は聖さまの云っている事の意味が解らなくて首を傾げた。

すると聖さまは、ほんのちょっぴり苦笑いしながらその木を見上げた。

「まだこの木は背が小さいでしょう?多分隣に立っている木が風除けになっちゃっていたんじゃないかな」
「風除け…ですか」

確かに隣の木よりは背が小さいけれど…

「背が小さいのは何故か解らないけどね…理由あって後から植樹されたのか、それとも日当たりが良くなくて成長が遅れているのか」
「はぁ…」
「背が小さいから、周りの木が風除けになって冷たい風が当たらなくて葉が黄色くなるのを遅らせているのかもね」

成る程。

そういう事もあるんだ…と祐巳は手を打った。

「でも、この木はもしかすると、黄色くなれずに葉が散るかもね」
「え?何故ですか?」
「周りの木の葉が落ちたら、風除けが無くなるじゃない。そうしたら今まで当たらなかった冷風が直接当たる様になってしまうから。黄色くなる暇もなく葉が落ちてしまうかも」

そういう聖さまの顔が、何故だか寂しそうに見えた。
何故聖さまがそんな寂しそうな顔をするんだろう。

聖さまは、時折こういう顔をする。
それは、自然の木々や動物に対して向けられる事が多い気がする。
何故なんだろう。


「…寒っ!祐巳ちゃん、何処かであったかいもの、飲んでから帰らない?」

急に聖さまが祐巳の手を掴んで歩き出した。
祐巳は急な事で対応し切れずに引っ張られるようにして歩く。

「それとも我慢して私の部屋であったまる?」

さっきまでの寂しそうな表情は微塵も見えない。
でも、なんだか祐巳は聖さまと別れ難くなってしまっている。

祐巳と分かれたら、またあんな顔をするんじゃないか…なんて。
そんな聖さまを冷えた部屋にひとり帰すのが、嫌な気持ちになってる。

「…我慢はしたくないです」
「そ?じゃあコンビニか何処かで…」
「聖さま…提案があるんですけど」
「ん?」

聖さまの言葉を遮った祐巳に、きょとん、とした顔をする。
祐巳はその冷たくなっているだろう頬に触れたいな…なんて思いながら。
冷たくなっているだろう頬を手で温めてあげたいな、なんて思いながら云った。





「コンビニで、温かいもの買って、聖さまのお部屋で戴きませんか?」


勿論、聖さまは笑顔で祐巳の提案に賛成してくれた。






後書き

執筆日:20041105

黄色い銀杏の中の、一本だけ緑の葉の銀杏。
これ、うちの目の前のプチ銀杏並木の中にホントにあるんです。
それを窓から見てたらこの話が浮かびまして…正味30分で書き上げました。
だから原稿にはあまり差支えていませんよ?多分…
っていうか息抜きしないとね…(笑)


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