君を見ていた




不公平だ、と祐巳ちゃんがマグカップを玩んでいる。

「だって、聖さまはまだ冬休みだなんて…ずるいですよ」
「仕方が無いでしょー、私だって高等部の頃は祐巳ちゃんと同じだったよ?」

そう。
祐巳ちゃんは三学期を来週に控え、ほんの少し『面白くないぞー』って顔をしている。
大学部はまだまだ冬休みだから。

「北海道も、確か夏休みと同じ位休みがあるんですよね…いいなぁ…。そうだ、そうですよ、ペンションの人も『冬休みにまたいらっしゃい』って云って下さったのに…」

行きたかったな、なんて云いながらテーブルにほっぺをくっつけている。
そんな祐巳ちゃんを私は苦笑混じりに見詰める。

北海道…か。

夏休みに、祐巳ちゃんと行ったのだ。
よく北海道の夏は涼しい、なんて云えたものだと思うくらい暑かった、北海道に。












東京から北海道まで、2時間ほど。
結構直ぐ着いてしまう。
遠い様で、近い感じがしてしまう。
時間的に、だけど。

朝8時にM駅で待ち合わせて、私の車で空港へ行く事に決まっていた。
おじさまの車で送ってもらってやってきた祐巳ちゃんは、私の姿を見ると満面の笑みを浮かべる。

「おはよ、祐巳ちゃん。昨夜はよく眠れた?」
「おはよう御座います聖さま…それが、ちょっとだけ寝不足です」

そう云いながら苦笑いする祐巳ちゃんに私も笑う。
正直、私も眠りが浅かったから。

「それじゃ佐藤さん、ふつつかな娘ですが…」
「お父さん…それ、ちょっと違う…」

何故かガチガチに緊張しているおじさまに祐巳ちゃんが溜息混じりに呟いた。

あまり顔を合わせた事が無いおじさまに、私は礼儀正しい笑顔で「お任せ下さい、おじさま」と云い、頭を下げた。
何故かおじさまはしどろもどろのままだった。

うーん。
こういう処、おじさまもおばさまも似ている気がする。
似たもの夫婦なのかもしれない。



「お父さんってば、聖さまみたいな綺麗な人に弱いんだから…」

車に乗り込むと溜息混じりに祐巳ちゃんが云う。
それは喜んでいいのか悪いのか…

「でも今日も暑いですねぇ…まだ8時なのにもう暑い」
「北海道は涼しいといいね」
「でも聖さま、私天気予報見てきましたが、札幌の最高気温、28度とか云ってましたよ?」
「へー?そうなんだ?でも北海道の気候はこっちみたいにジメジメムシムシじゃないから、大丈夫じゃない?」

私の言葉に祐巳ちゃんが「そうですよね」と頷く。




でも、その認識は甘かった。



それは、急に襲ってきたから。





「あ…暑い!?」


思わず疑問詞。
北海道って涼しいんじゃないんですか!?

飛行機から降り立ち、新千歳空港の中をちょっぴり冷やかして。
そして今度は電車に乗るために新千歳空港駅へ向かう。
電車に乗って、そこから数分で南千歳駅に着く。
そこで特急電車に乗り換えるのだけど……暑さが、襲ってきた。

『只今の気温』なんて電光掲示板を見ると、30度。

「…北海道でも30度になるんですねぇ…」

祐巳ちゃんがマジマジと温度を見ながら呟いた。

「でも…まあ、向こうの暑さとはちょっと違う感じがしませんか?やっぱり」
「うーん」
「ほら、北海道は東京よりは空気が乾燥してるとか云いますし」
「…それ、私が今朝云った言葉じゃない…?」
「そ、そうでしたっけ?」

どんなに云おうと、暑いものは暑い。
祐巳ちゃんも「暑いですねぇ」と呟いていた。


でもまぁ、電車に乗ってしまえば、空調のお陰で涼しいけれど。







私達が向かうのは、洞爺湖という処だ。
連日の花火大会とかなんとか。

しかし。
よくあの江利子が…と思う。
山辺氏の事を考えて決めたのかもしれないけど。
正直、私が祐巳ちゃんとの旅行にプランを考えたとしても、ここに決めるかどうか……ちょっと、考えてみる。

……うん。きっと決めない。

こんな機会でも無かったら来ないだろうなあ、なんて。
でも、だからこそ楽しめるかもしれない…なんて。
ちょっと車で走れば結構北海道では有名なテーマパークがあるし。
祐巳ちゃんはそういうの、好きだろうしね。


「聖さま聖さま!綺麗ですよ、ほら!」

空の青と稜線が、くっきりと分かれている。
真っ青な青空。

「こんな空の色は東京じゃ見られませんよね」
「そうだね…この青さはなかなか見られないかも」
「やっぱり空気が綺麗だからなんでしょうか」

嬉しそうな祐巳ちゃんを見て、私は嬉しくなった。
……この暑さは予想外だけれど。

多分きっと、この旅行の間、北海道の景色とかそういうものよりも、祐巳ちゃんを見ている事が多いんじゃないか?なんて思う。
祐巳ちゃんの嬉しそうな顔や、楽しそうな顔とか、沢山見られそうだから。

私は、きっとこの旅行の間、君を見ているだろう。

ほら、今みたいに。



執筆日:20050123

今更ですけど『北海道 キラリ☆夏旅行』編始めます。
最初に考えていたのとちょーっと変わってしまってます。
リアルタイムじゃなく回想みたいな感じ?
いや、書いてみないと解らないなぁ…

とにかく。北海道旅行編、宜しくお願いします。


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