暗くなるまで待って


まだまだぼんやりしている聖さまをベッドに残して、祐巳は少し肌寒いキッチンへ向かった。
朝一番の水道水がちょっと嫌。
少し大きめに蛇口を捻ってそれを流してから、ポットの中身を捨てて新しい水を入れてスイッチON。
それからカーテンをシャッと勢い良く開いた。

うん、いい天気。

この調子だと秋晴れになりそうだ。
祐巳はぼんやりしている聖さまがいる部屋に戻って、薄暗い部屋に朝日を入れるべく、これまた勢いよくカーテンを開いた。

「っ!まぶし…!」
「さぁ聖さま、起きて下さい。いいお天気ですよ」
「やだー寒いもんー」
「何云ってんですか、ほら起きて」

もぞもぞとお布団の中に潜っていく聖さまに、祐巳はお布団の端を掴む。
そして勢いをつけてグイッと引っ張ると、丸くなっている聖さまが現れた。

「さ、寒いって祐巳ちゃん!」
「起きちゃえば平気ですってば」

そう云って祐巳は聖さまの腕を引こうとした。
しっかりと腕組みして丸くなっている聖さまはまるで猫みたい。
脇から手を差し入れて腕を引こうとした時、聖さまがビクッと体を震わせた。

「あんっ」
「へ?」

ど、何処からそんな声出しました?今。

「祐巳ちゃんのえっち」
「は?」
「今私の胸触った」
「ええっ!?す、すいません!」

本気でちょっと頬を赤くしている、こんな聖さまはちょっと新鮮…って、いや違うでしょ私。
ぽりぽりと頭を掻きながらむっくりと聖さまが起き上がる。
は、反撃される!?とか思ったけど、聖さまはベッドから降りてリビングへと向かう。

あれれ。

ちょっと拍子抜けして、祐巳は聖さまの後を追った。






聖さまはムッツリとした顔でソファに座っていた。

「朝食、パンと卵でいいですか…?」
「……いいよ」

ど、どうしたんだろう、一体。
完全にへそを曲げている。
でも、なんで?

TVのニュースをつまらなそうに眺める姿を横目に、祐巳は卵を冷蔵庫から取り出してフライパンをコンロにセット。
そして聖さまからコツを教えてもらったオムレツを作るべく準備した。

いつもなら祐巳がキッチンに立てば必ずちょっかいを出しに来るのに、今日はソファから動かない。

…な、何か気に障ったのか…な。

段々と不安になってくる。
そんな風に他に気を取られていると、祐巳の場合必ず失敗してしまうから…と思った瞬間。

「熱っ」

フライパンにオイルを引こうとした時に指がついてしまった。
すると、いつの間に傍に来ていたのか、聖さまが祐巳の手を取って水道の蛇口を捻って冷やし始めた。

「聖さま」
「…気をつけなきゃダメでしょ」

ちょっと、恐い顔で祐巳の手を握る聖さま。
抱きかかえられるような形で、祐巳は聖さまの腕の中にいた。
くっついている処が暖かい。

でもそれと反比例するように手は段々冷たくなっていく。
聖さまの手まで冷たくなっていくのに気付いて「もういいです」と手を引こうとした。

「まだ。もう少し冷やして」
「で、でも聖さまの手まで冷たくなっちゃう…」
「いいから」

どうしよう、なんでか解らないけど、聖さまの腕の中で真剣な聖さまの顔を見ていたら、段々胸がドキドキしてきた。
祐巳は聖さまの胸に頬を寄せる。
暖かくて、泣きそう。

「聖さま…」
「もう少し我慢して」
「さっき…怒ってましたよね…何故ですか」
「…何故って…か」

聖さまはフッと苦笑を洩らす。

「祐巳ちゃんが、謝ったから」
「え?」

胸から顔をあげると、聖さまは水を止めて祐巳の指を見る。

「私が謝ったから…って…」
「…大丈夫、みたいだね。一応クスリ塗っておこうか」
「聖さまっ」

手を引いて寝室へ向かう聖さまに、祐巳は訳が解らなくて問い掛ける。

けれど聖さまは何も云わずに祐巳をベッドに座らせると、小さな救急箱を取り出して、そこから塗り薬を取り出した。

「聖さまってば」
「…だから…祐巳ちゃんが謝ったからだってば…別にね、謝らなくてもいい事でしょ。私に触れてもいいのは、祐巳ちゃんだけなんだから」
「…え…」

指にクスリを塗って、念のためにと絆創膏を巻いてくれながら聖さまは云った。

じゃ…聖さまは、祐巳が胸に触っちゃった事を謝ったから、怒っていたんだ。
いつまでも遠慮してるから?

「祐巳ちゃんが私に謝るなら、私も祐巳ちゃんに触れるたびに謝らないといけないって事?」
「そんな…」

そんなのは、嫌だ。
祐巳は、聖さまの背中に腕を回した。
胸のふくらみに頬を寄せて、目を閉じる。

そっか…
こうする事を許されているのは、祐巳だけなんだ。

どうしよう、直に聖さまの肌に触れたい。
祐巳は聖さまのパジャマのボタンに手を掛けた。

「…祐巳ちゃん?」
「触れたいんです…聖さまに」

上からふたつだけ、ボタンを外して、くつろげた胸元に頬を寄せた。
暖かな、肌。
こうする事を、祐巳だけが、許されているんだ。

「積極的で嬉しいんだけど…でもおかしな気分になってきちゃうんだけど?」

聖さまがクスクスと笑う。
祐巳はそっと離れて、ボタンを閉じる。

そして、触れるだけの接吻を聖さまの唇へ。

「今は朝ですから、ダメです」

祐巳は「指、有難う御座います」と云って聖さまから離れてキッチンへ向かう。
オムレツを作るのだ。

「じゃあ、昼とか夜なら良いわけ?」
「明るい内はダメです!」

じゃあ夜ねーという聖さまに、祐巳は「知りません!」と背を向けた。

夜まで、待って下さいね。





執筆日:20041119


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