もう一度あの地へ
(聖、景)





『修学旅行の思い出』と、いうものは、あまり記憶に無かった。

ただ1週間がとても長く、早く帰りたいという記憶しか残っていない。

いや、宗教画を見ている時に、信仰心の厚い栞にも見せたい、とか、栞と一緒に見たい、とか思っていた記憶は残っているけれど。

…あの頃の私は、栞一色の日々を送っていたから。




「旅行?試験休みに?」

講義を終えて、帰り仕度をしながら景さんが怪訝そうに云った。

「そう。旅行。因みに行き先はイタリア。リリアン女学園高等部修学旅行コース体験ツアーぶらり二人旅、誰がキリストを殺したか!」
「…何どこかの旅番組や2時間ドラマのタイトルみたいな事云ってんのよ…」

景さんが呆れながら呟く。
でも帰り仕度の手をそこで止めたという事は、興味を持ってくれたのかも、と正直ホッとした。

「で?リリアンの修学旅行と試験休みが同時期って本当なの?」
「それは間違いなく。丁度同じ時期なんだよね。祐巳ちゃんたちともイタリアで逢えるかも〜」
「…もしかして、サトーさん、それが狙いとかじゃないわよね…?」

更に怪訝な顔をする景さんに「まさかぁ」とワザとらしく振る舞ってみる。

そんな私に溜息をつくと、「場所変えましょう」とアゴをしゃくった。



「で?リリアンの修学旅行と同時期だからってだけが理由じゃ無いんでしょ」

大学内の喫茶店へと場所を移し、コーヒー(勿論私のおごりで)を手に景さんがいるテーブルへとたどり着くと、彼女が頬杖をつきながら云った。

「いや、『リリアンの修学旅行』ってのが、私的には重要だったりするんだな」
「どうして」

受け取ったコーヒーに砂糖を加えてかき混ぜながら、景さんが片眉をあげる。

「んー…私ね、あんまり修学旅行の時の記憶て無いんだよね…だから、この時期のイタリアに行ってみたいんだ」
「記憶に無いって…サトーさん」
「あはは、行ったんだけどねぇ」

私は思わず苦笑する。
だって景さんが「まだ若いのに、気の毒に…」みたいな顔をしたから。

「…で?どうして私と、な訳よ。修学旅行をやり直すつもりなら元紅薔薇さまや元黄薔薇さまとの方がしっくり来るんじゃないの?きっと他の大学だって同じ時期に試験や試験休みになるでしょ?」

『修学旅行をやり直す』

さすが景さんだ、と更に私は笑みを深めた。
何も云っていないのに、私の少ない言葉の中からソレを掴み取っている。

そう。
私は『修学旅行』をやり直したいのかもしれない。

卒業式の前日。
祐巳ちゃんに、学校という場所と仲良くする為に、気持の上で折り合いをつける為にリリアンの大学部に進学を決めたと云った。

外部の大学ではなく、リリアンに進学する事に意味があった。

「いや、景さんと行きたいって思ったんだよね、私は。それに彼女らは間違いなく修学旅行の記憶が私と違ってしっかりとあると思うし。だから、景さんと行きたいんだよー。ねぇ、駄目かなぁ」

この『修学旅行』にも意味がある。

外部大学へ進学した蓉子や江利子ではなく、私の少ない言葉から意図を掴む、『同じリリアンの生徒』である景さんと一緒がいい。


しばらく考える様にしていた景さんが、大きな溜息をついた。

多分、景さんはOKしてくれる。
何故か解らないけど、確信があった。


「…仕方ないわね…付き合いましょう」
「ほんと?」
「ただし」

云うと同時に念を押す様に、ズイッと人指し指を突き出す。

「航空券とか、向こうの宿泊先の予約とか、サトーさんがやってよね」
「うん、勿論そのつもりだったから」
「よろしい」

そう云ってコーヒーを飲み干すと、景さんはご馳走様、と椅子から立ち上がると、珍しく笑顔を見せた。

「試験休みの旅行の前に、まずは試験本番を乗り越えなくちゃね」
「確かに」
「さて、帰って勉強勉強」


試験の出来不出来によって『修学旅行』が素直に楽しめるかが掛かっている。


私は二度目のイタリアへの修学旅行を満喫する為に図書館で悪あがきをしようと、前を歩く景さんの後を追った。


fin



後書き

最終執筆日:20040410

今日の朝思いついて、今日の夜書き上げました(笑)
聖さま、イタリア旅行前って事で。
いえ、チャオ ソレッラ!ネタバレ解禁日だったんで、その様なSSを…なんて思って急いで書いたので、いつもより更に良い出来ではないのですけど(泣)
ああもっと精進しなきゃ…(遠い目)



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