今はまだ、もう少し




夏休みまであと数日。

そう、もう少しで夏休み。
去年は祥子さまの別荘に行った。

今年は…







「祐巳さん、夏休みのご予定は?」

銀杏並木を歩きながら、志摩子さんがふんわりと聞いてきた。

「ご、ご予定、ですか?」

何故そこでドモる。
何故そこ敬語になる。

そしてなんとなく、頬が熱くなっていく。

ああもう。

「…祐巳さん?」

由乃さんが怪訝そうな顔で祐巳を見る。

いや、だからその、そんなに見ないで欲しいんだけど…

「しっ、志摩子さんは!?」
「あ、わ、私は…乃梨子が泊まりにくるくらい、しかまだ決まってはいないけど…」

志摩子さんも急に話を振られてちょっと慌てたように云う。
…ごめん、志摩子さん。

「…祐巳さん、隠すと為にならないわよ?」

出た。エスパー由乃さん、ちょっと恐いんですけど。

「為にならないって、由乃さんねぇ…」
「コロコロ表情変えて慌ててる人が何云ってるのよ。さぁさぁ、喋ってすっきりなさい」

…なんだか、三奈子さまに似てますよ、由乃さん…
云ったら怒るだろうから云わないけど。

「…別にどうって事もないよ…北海道に旅行するだけだから…」
「ならなんでそんな挙動不審な態度取ってるのよ。…で?誰と?ご家族?もしかして姉妹旅行?」

ほら来た。

問題はそれ、なんだってば。

「…聖さま、と…」
「……は?」
「あら、そうなの?でも今年は北海道も暑いらしいわね…」

由乃さんが動きを止め、志摩子さんはのんびりと「今年は何処も暑いわよね」なんて笑ってる。

「せ、聖さまと北海道旅行…って?祐巳さん?」
「う、うん…江利子さま行けなくなったのを譲ってもらったんだって」
「聖さま…?江利子さま…?」

な、なんだ?
由乃さんのこめかみに血管が浮いてるんですけど…

し、しまった…
『江利子さま』の名は由乃さんのNGワードだったんだ。
あの、バラエティ・ギフトの由乃さんへのメッセージ事件(?)から、江利子さまの名はとてもデリケートなものだった。

「ゆ、祐巳さん!」
「ひゃいぃ!」

急に呼ばれて驚いてしまった祐巳の口からおかしな声が出てしまった。
恥ずかしいなぁもう。

「祐巳さん…一体聖さまと祐巳さんって何処まで行ってる訳?」
「どどど、何処って…」
「だって夏よ!?夏休みに旅行よ1?開放的な夏に二人で旅行!ダメよ祐巳さん!リリアンの生徒にあるまじき行動は!マリア様が見ていらっしゃるわよ!?」

うわ。
なんか物凄い云われようなんですけど。

しかも何処までって…

「そういえば、由乃さんの夏のご予定は?」

あ、志摩子さんナイス。
さらりと話題修正。

志摩子さんのこういう処にいつも助けられてるなって思う。

…そうなんだ。
いつでも志摩子さんはこんな風に話を逸らしてくれたりして祐巳を守ってくれている感じがする。
いや、守られるっていうのは語弊だろうけど。

でも、なんだか助けられてる感じは、していた。

志摩子さんは、聖さまの妹なのにって思う。
本当なら…こんな風に接してもらえる立場じゃないって思う。

でも、志摩子さんは変わらない。
逆にフォローしてくれる事の方が多かった。

でも、そうしてくれるのを『どうして』なんて、聞けない。
聞いちゃいけない事だって、祐巳にだって解る。
そんなことを聞くのは、凄く失礼な事だから。




由乃さんと別れて、バス停でバスを待つ。
今日はなかなかバスが見えてこない。

「…さっきは、有難う」
「え?どうかした?祐巳さん」

志摩子さんが不思議そうな顔で祐巳を見ている。

「さっき由乃さんの話、それとなく逸らしてくれたでしょ?」
「…ああ…だって、祐巳さん困っていたみたいだったし」
「有難う、いつも」
「いやね…おかしな祐巳さん」

鈴を転がすように、笑う志摩子さんに、祐巳はもう一度だけ「有難う」を云った時、バスがやってきた。

有難う、志摩子さん。
それしか、云えないけど。

でも、それでも。







後書き

執筆日:20040924

「祐巳ちゃん、聖さまとご旅行」編を書く前に数本SSSを書こうかと思い立ち。
これはその先ず1本目。

うちの志摩子さんは祐巳ちゃんの事が好きなので。
ついつい助け舟を出してしまうのです…


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