名前を呼んで・4
(改訂前ver.)



聖さまという人は、行動のひとつひとつが綺麗な人だと思う。

あの時、ドアを開いて祐巳の前に現れた時も、驚くくらいにカッコよくて、綺麗で。
祐巳は一瞬息を飲んだ。
言葉を、忘れ掛けた。

今も、祐巳を見下ろして微笑んでいる。











「何故逃げようとするの。聞きたければ聞け、云いたければ云えって云ったクセに。なのにどうして私から逃げようとするの」

バスルームから出ようとした祐巳の行く手を遮るように、聖さまがドアを閉めた。
真っ直ぐに祐巳を見る目。

さっきとは、違って目の光が強い。

さっきは…本当に暗い目をしていたから。
そして、祐巳から目を逸らしてしまっていたから。

でも、今は違う。

「なんて云ったけ…祐麒の友達。あの子と何を話していたの」
「何って…」
「祐巳ちゃん、笑っていたじゃない。楽しそうに。あの子に微笑んでいたじゃない」
「せ、聖さま…」

とん、と聖さまが祐巳の後ろの壁に手をついた。
凄く近くなる、顔。
彫刻のように綺麗。
笑顔ももちろん綺麗な人だけど、怒っている顔も壮絶に綺麗で。
きつく寄せられた眉が、冷めたような目が…とても冷ややかだけど…何故か、背中にぞくりとする位、綺麗。

そんな聖さまを見ながら、祐巳は思わず困惑してしまった。
確かに、小林君に逢ってから、聖さまの様子が違ったから…だから聖さまが小林君の事を気にしているのかもって思って「小林君ですか?」と云った。
でも…こんなにストレートに聞かれると…
そりゃあ聖さまに聞きたい事があるなら…って云ったのは祐巳自身だけど。
聖さま…小林君に嫉妬してるんですか…?
祐巳が、笑っていたから?
小林君と、笑顔で話していたから?

「祐巳ちゃん」
「あ…どうして…ここにいるのって…聞かれて…ただ…」
「あとは…何を云われたの」
「…何も」
「嘘」
「嘘じゃないです…ただ誰と来たのかと」

祐巳がそう云うと、聖さまはムッとした顔をする。

「なら、なんでそんな顔する訳?」
「そんな…って…」
「展望台に居る時も、祐巳ちゃんは悲しそうな、寂しそうな、顔していた。今だって、どうして目を逸らすの?何か…気になるような事、云われたからじゃないの…?」

聖さまの声が、詰問するような声から柔らかな声になった。
まるで、祐巳を労わってくれるみたいな。
…聖さまは、祐巳を見ていない訳じゃなかったのかもしれない。
小林君の事を不審に思っていたけど、でも祐巳の変化にも気付いてくれていたのかもしれない。。
『姉妹』で行動してない事がそんなに不思議な事なのかとか、祐巳と聖さまとじゃ、そんなに意外な組み合わせなのかとか、考えていた祐巳に気付いてくれていたんだ。

でも…それはもう既に祐巳自身の中で処理された問題だから。
お姉さまも、妹も、大切。
でも、聖さまは祐巳にとって大切で大事な…愛しい人。
祐巳は、この人が…本当に好きだって、解っているから。
だからこそ、祐巳を見てくれずに、ご自分ばかりを見て祐巳から目を逸らしていた聖さまにどうにもやりきれない気持ちになったんだ。

「…祐巳ちゃん」

聖さまが驚いたような顔になった。
驚いて、どうしていいか解らない、という顔。

「好きです」
「祐巳ちゃ…」
「好き…なんです…」

さっき、思わず叩いてしまって少し赤くなっている頬に手を当てる。

「だから…『私』を見て下さい…」





聖さまが、ごめん、と呟く。
ごめんね、と。

何度も、何度も。


そしてこう云った。
祐麒の友達に、嫉妬してた…って。

祐巳が小林君に笑い掛けてるのが、厭だったって。
知らない土地に来て、知らない人ばかりの所なのに、自分以外の人に笑い掛けているのが厭だったって。

そしてそういう考えを『いけない事なんだ』とも云った。
そんなんじゃ、ダメなんだって。
聖さまは祐巳に『依存』してるのかもしれないって云った。
祐巳しか見られなくなってしまうのは良くない事なんだって。

でも、祐巳は聖さまに『祐巳』を見てほしいと思った。
そう云ったら、それとは違うんだって聖さまは云った。
『祐巳』を見る事は大事な事なんだって。
でも聖さまの云う『祐巳だけ』というのは、祐巳だけを世界の中心としてしまう事、なんだそうだ。
それでは、栞さんにしてしまった事と同じになってしまうって。
祐巳の両手をしっかり握り締めて、他の人と関わりを持たなくなってしまえば、いつか毀れてしまうかもしれないって。
そうなるのは、厭だって…聖さまは云った。

「私は祐巳ちゃんとずっと一緒にいたいんだ」

…そう云ってくれた。

祐巳は、霞んでいく意識の中で、聖さまの言葉を聞いていた。
バスルームの壁に背中を預けるようにして、聖さまの唇を受けながら。
足にも、もう力が入らなくなってきてる。
聖さまの腕に支えられていなかったら、とっくに床に崩れてしまっているに違いない。
こんな処で、こんな事になるなんて、祐巳にも信じられない。
でも、聖さまの唇が重なってきて…その動きに応えているうちに、たまらなくなってしまった。
「いい?」って熱い息の聖さまに聞かれて頷いてしまったのは、祐巳だから。


「ダメな事だって…解ってるんだ…」

聖さまの声が、耳元に響く。

「でも…お願い…あんな風に、誰かに笑い掛けないで」
「…っあ……あ…」
「私だけに、して」
「ひ…っ…ん…」

返事が、出来ない。
「はい」って…「聖さまだけです」って、云いたいのに。
祐巳の口から零れ落ちるのは、意味を成さない声。

聖さまに追い上げられてしまって、零れる声だけ。

だから、祐巳は聖さまの首に腕を回して、深く口付けた。

「好きです」と…「聖さまだけです」と…口移しで伝えららればいいと思いながら。









「…大丈夫?」
「…大丈夫じゃないです…」

少し声が嗄れてしまった。
何度も追い上げられて、その度に声を上げてしまったから。

…バスルームで。

今考えると、なんて事してしまったんだろうと赤面してしまう。
ついでにずっと立ちっぱなしでその内に足に力が入らなくなって、聖さまにお姫様抱っこされてベッドに移動なんていう事まで。

「…恥ずかしい…」

もう泣きたい気分。

「でも…ほんとに、ごめんね…」
「え?」

聖さまが目を伏せた。
その表情に祐巳は胸に痛みが走る。

「私は…昔とは変わったって、思っていたけど…でもやっぱり深い部分は同じなのかもしれない。だから自分しか見えなくなってしまうんだと思う」
「…聖さま」
「もしかしたら、またこんな風になってしまうかもしれない。また祐巳ちゃんに悲しい思い、させるかもしれない…」

目を閉じて、何かに耐えるような聖さまに、祐巳はそっと寄り掛かる。
温かい、人。

「そうしたら、また私が聖さまに云いますから。また目を逸らすんですか!って。私を見て下さいって」
「…祐巳ちゃん」
「それより…私の方こそ…叩いちゃってごめんなさい」

もうほとんど赤みの取れた頬に触れる。
その手に聖さまは手を重ねて首を横に振る。

「ううん…ありがと…」

なんだか、祐巳は聖さまを抱きしめたい気持ちになってしまった。
あんなに抱きしめあったのに。
聖さまの首に腕を回して、キュッと抱きしめた。
そんな祐巳を聖さまも抱きしめ返してくれる。

「好きです、聖さま」
「うん。私も好きだよ………もう一回、したいんだけど」
「へあ?」

聖さまが祐巳を抱きしめながらとんでもない事を口にした。

ちょ、ちょっと待って。
だって…

「もっと、祐巳ちゃんを感じたいんだ」
「え、や、だって…」
「今度は、ベッドの上で…ダメ?」

う。
上目遣いで見ないで下さい…そんな子犬みたいな目で…

「好きだよ、祐巳ちゃん」
「あ、ちょっと待って……や…」

ついさっきまで、聖さまを感じていた体は祐巳の意志に関係なく、聖さまに従ってしまう。

ずるい。
絶対ずるい。

聖さまの莫迦!


聖さまの優しい唇を体に受けながら、どうしようもない感覚に飲み込まれて行きそうになりながら向けた窓の外に、色鮮やかな大輪の花がパァ…ッと開いた。



執筆日:20050203

…バカップルじゃん…ただの

そして何書いてるんだろうなぁ私…


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