リボン
何か足りない。
遠目に見掛けて、まず最初にそんな事が頭を過ぎった。
「聖さま!」
バス停から祐巳ちゃんが手を振っている。
小走りに近付いて、その足りないものが何だったのか、やっと理解した。
「祐巳ちゃん、リボンは?」
いつものツインテール。
けれど、そこにはリボンがついていない。
細めのゴムだけだ。
「やっぱり、リボンが無いとおかしいですか?」
祐巳ちゃんがちょっと苦笑いしながら、そっと自分の髪に触れる。
おかしくはない。
でもちょっと寂しい感じは否めない。
「結びが緩かったみたいで…体育の時、片方が飛んでしまったんです。蔦子さんが咄嗟に追ってくれたんですけど…風が強かったので、あっという間で」
「風に取られちゃったんだ?」
「ええ…おかしいですか?」
余程気になるのか、再度聞いてくる。
「ううん。おかしくはない…でも寂しいかな」
「寂しい…」
「うん。いつも祐巳ちゃんは綺麗なリボンを結んでいるから」
そう云うと同時に、バスが私達の前で止まった。
バスに乗り込んで、座席に落ち着くと、祐巳ちゃんはカバンから小さな手鏡を取り出して自分の髪を見る。
右を向いたり、左を向いたり。
ちょっと俯いてみたり。
そして、はぁ…、と溜息をついた。
「…一昨日買ったばかりだったのに…」
聖さまにも、見せたかったのに…
そんな呟きも小さく聞こえてきた。
「どんなの?片方は残っているんでしょ?」
云うと、祐巳ちゃんは「ええ、まぁ」と言葉を濁す。
なんだか、ちょっと不機嫌に見える。
鏡をカバンに仕舞うと、私から目を逸らしてしまった。
急にどうしたのか。
「祐巳ちゃん?」
「…なんですか」
「片方のリボン、見せてはくれないのかな?」
そう聞くと、祐巳ちゃんが小さく「嫌です」と呟いた。
どうしてだろう…?
ますます不機嫌になって完全に窓の方を向いてしまった。
「…どうした?」
窓に写る祐巳ちゃんの顔が、歪んでいく。
「祐巳ちゃん?」
「…取られちゃった」
「え?」
「ふたつ揃って、一対なのに…片方無くなっちゃった…」
涙声。
リボンが風に飛ばされた位で、どうしてしまったんだろう。
「祐巳ちゃん…?」
「もう、使えないんです…一本だけじゃ、ダメなんです…」
「どうして?髪をひとつにまとめた時に使えるじゃない」
「そうしたら、飛ばされてしまったリボンを思い出します。もう二度と、一緒にならない事を思い出します」
「…」
なんだ?
祐巳ちゃんの物言いが妙に引っ掛かる。
「二本で、一対なんです…」
困った。
祐巳ちゃんの言葉の意図が全く解らない。
何故リボンが飛ばされたという事だけで、こんなになっているんだろう。
この分だと、「代わりのリボンを贈るよ」なんて提案も却下されるに違いない。
「…じゃあ、そのリボン、私に頂戴?」
何故か、そんな言葉が口をついて出た。
「どうして…ですか?」
うわ、やっぱりそう来たか。
理由なんて無い。
ただ、そう思っただけだった。
「理由なんて無いよ」
「…じゃああげられません」
「どうして?」
「どうしてもです」
妙にきっぱりと云う祐巳ちゃんに、私はお手上げ状態になってしまった。
困った。
どうしたものだろう。
「…大事なものですから…たとえ片方だけになってしまっても。飛んでいったとしても…」
祐巳ちゃんの一言一言が、引っ掛かる。
リボンに例えて、何か違うものの事を云っているような気にすらなってきた。
「祐巳ちゃん。リボンは、祐巳ちゃんにとって、何?」
「え?」
「私は、飛んで行ったりしないよ?」
何故か、思ってもみなかった言葉がポロリと落ちた。
祐巳ちゃんが驚いた様な顔で私を見た。
「あれ?何云ってんだろ」
「…そうですよね…」
あれ?
祐巳ちゃんが笑った。
後書き
執筆日:20041025
すすすすいません!
訳解らないものを書いてしまいましたーっ
飛んでいってしまったリボンにちょっとアンニュイになってしまった祐巳ちゃんを書きたかっただけなのに…おかしなものを書いてしまった…