聖誕夜
〜きみが忘れてくれるといい〜
後編
ほんの少し、泣いてしまった。
でもこの涙は悲しいから零れた涙なんかじゃなくて…ただちょっと、零れてしまった…ただ、それだけ。
きっと。
多分。
冷たい水で顔を洗ったら、そんな湿っぽい気持ちもすっきりするだろう。
…よし!
鏡の中の自分に気合を入れて、祐巳は洗面所からキッチンへ向かった。
今晩は、聖さまと迎える2度目のイヴだから。
そして…聖さまの誕生日をあと数時間後に控えた、大事な日なんだから。
「聖さま!ホワイトソースの方は如何ですか?」
料理も完成して、祐巳と聖さまは向かい合わせにテーブルについた。
…改まると、少し照れる。
ちょっと俯きがちにモジモジしてしまっていると、聖さまが、ポンッ!とシャンパンの栓を勢い良く飛ばした。
「うひゃあ!せ、聖さま!?」
「あ、吃驚した?ごめんごめん。ささ、グラス持って持って」
「え?あ?は、はい?」
思わず持ったグラスにトクトク…とロゼ・カラーのシャンパンが注がれる。
シュワ…ッと泡がたって、それから細かな泡が規則正しく並んで上へ上へと上がり続けている。
なんだか、綺麗。
思わずグラスの中のシャンパンに見惚れていると、聖さまが自分のグラスに注ごうとしているのに気付いて、慌てて瓶を奪い取って、祐巳はそっとシャンパンを聖さまのグラスに注いだ。
「……」
思わず、息を止めてしまっていた祐巳に聖さまが笑う。
「何緊張してんの」
「だ、だって…なんだか…」
クスクス笑う聖さまに、祐巳は何故か赤くなる。
照れてしまう。
こんな風にするのは、初めてだから。
そりゃお父さんにお酌した事はあるけど、それとはちょっと…ううん、物凄く違うから。
「ん、ありがと。じゃあ乾杯する?」
「あ、はい…メリークリスマ…ス?」
「なんで疑問形なのよ…おかしな祐巳ちゃん。はい、メリークリスマース」
チン、と涼しげな音を立ててグラス同士がぶつかった。
やっぱり、照れてしまう。
それを治めるために、祐巳はシャンパンを一口……んん!?
「せ、聖さま…?コレお酒…?」
「何云ってんの。シャンパンだもん、お酒なのは当たり前でしょ」
「だ…って…去年のアレは…」
去年少し舐めたシャンパンとは全然違う。
去年のはもっと甘くてジュースみたいだったはず。
「ああ…だってアレ、殆どアルコール度数無いジュースみたいなモンだったんだし。シャンメリーって云ったっけ?アレ」
「そ…んな…」
「因みにこれはスパークリングワインじゃなく、きちんとシャンパンだよん」
は?
聖さまの云っている意味が解らない。
それはどう違うんだろう…?
そう思っていたら、きっとまた顔に出たんだろう…聖さまが笑みを深めた。
「シャンパンはね、フランスのシャンパーニュ地方で作られたものだけがシャンパンって呼んでいいものなんだって。これは正しくシャンパンだよ」
へぇ…そんな決まりがあるんだ…
「でもまぁ、美味しければ、私はどっちでも構わないけどね…でも世の中にはそういう事にこだわりたい人ってのがいるんだよね」
「ちょっ…聖さま、でもまだ未成年なんですからそんなに飲んじゃ……」
くーっ、と飲んでしまった聖さまに、祐巳はちょっと慌てた様に云う。
すると聖さまは「ノンノン」と人差し指を横に振る。
「あと数時間で未成年じゃなくなるもーん」
「…あ」
そうだった。
明日、25日に聖さまは20歳になる。
一足先に、また祐巳より『大人』になってしまう。
確かに大人っぽい人だけど、それに年齢が追い付いてしまうんだ。
そして、また祐巳と聖さまの歳の差が2歳になってしまうんだ…そう思うと、なんだかちょっぴり寂しい。
祐巳の誕生日から7ヶ月の間だけ、聖さまと1歳違いになる。
けれど、数時間後にはまた2歳の差。そしてそれがまた5ヶ月間続く。
5月の祐巳の誕生日を終えて、またやっと聖さまに近付けた、そう思っていたのに…それもあと数時間。
あと数時間後には、聖さまは20歳になる。
同じ十代ですらなくなってしまうのだ。
「どうした?」
「…いえ」
「ふむ?」
聖さまが自分のグラスにシャンパンを注いで、くーっと飲み干す。
「あ…、いくらなんでもペースが速くないですか?」
「だって、祐巳ちゃんってば難しい事考えてて構ってくれないし」
う。
やっぱり顔に出てるんだな…
「…またそういう事、云うし…」
「ホラ、祐巳ちゃんも飲みなよ。確かにアルコール分はあるけどそんなには度数高くはないから…今日はクリスマスイヴだし、明日は私の誕生日なんだから…ちょっと位付き合ってよ」
「は、はぁ…」
「今日くらいはマリア様もお許し下さるよ。何せ明日はイエズス様の生誕日なんだから」
それとも私の酌では飲めんのかー、なんて酔っ払いみたいな事を云う。
仕方なく…祐巳は去年よりアルコール度数が高めのシャンパンを去年のように舐めるように飲んで見せた。
野いちごみたいなフルーティな香りがふわりと祐巳の口に広がった。
うわぁ…!
さっきはただもう『これはお酒だ!』っていう事に意識を奪われてしまって味わう、なんて事はしなかった。
だけど。
今ゆっくりと舐めてみて、ふんわりと広がる香りに思わずほんの少し…本当にほんの少しだけ、『美味しい』と思ってしまった。
そんな祐巳に聖さまが微笑むのを見て、あっ、と思った。
…祐巳のために選んでくれたシャンパンなのかも…なんて。
もしかしたら、度数も少なめなんじゃないかな…なんて事すら思い始めてしまう。
もう一口、と、そっとグラスに唇をつける。
やっぱり、美味しい…かも。
「美味しいでしょ?そっかそっか。こんな感じなら、祐巳ちゃんでもオッケイなんだね。ほら、大丈夫だから普通に飲んでみなよ」
ちぴちぴ舐めてる祐巳に、聖さまが苦笑しながら云った。
でも、聖さまのこの言葉を信じた祐巳が莫迦だった。
そしてきっと、聖さま自身だって後悔するに違いない。
†
…まずい。
非常に、まずい。
こんな言葉を何度と無く呟いた事はあるけれど、今回は相当まずい気がする。
「…歳の差が2歳になってしまうって思っただけですよ…」
目が座ってる。
「聞いてます?聖さま」
「聞いてるよ」
今祐巳ちゃんがいる場所は私の膝の上だったりする。
普段の私なら大喜びする処だけど。
今はちょっと。
「もう…聖さまは私が追い付くまで誕生日来ちゃダメですっ!いいですね?」
そりゃ無理だって。
どうしたものかなぁ…これは。
「もう…どうして先に生まれちゃったんですかぁー?」
「どうしてと云われても…ねぇ…?」
いや、嬉しいんだ。
ホントに。
祐巳ちゃんの云ってる事は、普段思っていても云えない事や云っても仕方が無いと思っている事に違いないから。
だから、嬉しいんだけど…ねぇ…?
でもまさか、グラス1杯のシャンパンでこんなになるとは思わなかった。
いや、予想出来なかった訳じゃない。
だって祐巳ちゃんはお酒には弱そうだから。
「あん!もう聖さま何考えているんですか!」
苦笑している私の顔を覗き込みながら、ぷうっ、と頬を膨らませる。
…参ったな。
ちょっと、あまりの無防備さと可愛さにあてられる。
でも、こんな状態の祐巳ちゃんとどうこう…なんてのはちょっと。
「ちょっとお水飲もうか」
「いりません。お水なんて。さっきのシャンパンは何処へ?本当に美味しかったですよ?」
「ああ、ごめんね、全部飲んじゃった」
「えーっ!」
酷い聖さま!と怒る祐巳ちゃんに私はごめんごめんと謝った。
飲んだなんてのは嘘。
シャンパンの瓶は祐巳ちゃんの目から死角のテーブルの下に置いてある。
これ以上飲まれたら堪らない。
「私、ちょっと酔ったみたいだから、お水飲みたいんだ。祐巳ちゃんは?いらない?」
「だからいりませんってば…もう…一人で全部飲んでしまった聖さまが悪いんですよ…?」
あ。祐巳ちゃんの動きが緩慢になってきた。
心なしか目がとろんとしてる…眠くなってきているらしい。
これは寝かせてやらなきゃ、と私は祐巳ちゃんをお姫様抱っこしてベッドに運んだ。
もちろん、まだまだ云いたい事や思い悩む事はあるんだろうけれど。
でも今は寝かせてしまうのが得策のような気がした。
…っていうか、このままでは私の理性が持たないかもしれない、というか。
「…?聖さま…?」
「少し眠ろうね」
「…え?どうして…?」
ベッドに下ろすと不思議そうに私を見上げて来る。
その顔が可愛くて…それでいて、アルコールのせいなのか、ほんの少しの艶めいたものが見え隠れしている。
「どうしても…ね」
「…嫌です…」
不本意そうな目で私を見る祐巳ちゃんに、参ったな、と私は苦笑した。
「自分じゃ解らないかもしれないけど、祐巳ちゃんはほんの少しシャンパンに酔ってるから。だから少しだけ、横になろう?」
「…聖さまは?」
「私?お望みなら一緒にいるよ」
「『お望み』ですよ」
「…はいはい」
くしゃ、と祐巳ちゃんの頭を撫でる。
その手を、ぱん、と叩くように払われた。
思わず、私はそれに驚いた。
「…祐巳ちゃん?」
「聖さまから見れば、私なんか子供っぽいんでしょうけれど…私だってもう18歳なんです…聖さまと出会ってから、二年経っているんです」
まるで挑む様な目で、私を見る。
その目が、あまりに真っ直ぐで…私は思わず目を逸らして笑った。
「そう、だね。もう二年だね。あの時は祐巳ちゃんが一年生だったんだから」
「ええ。聖さまが出会った時の、栞さんと同じ歳に聖さまと出会ったんです」
「…祐巳ちゃん?」
「きっと、栞さんは私なんかよりずっと『大人』だったんでしょうけど。だから子供扱いされたって、仕方が無いんでしょうけど」
「…ちょっと…」
「でも私だってもう18なんです。いい加減、子供扱いしないで」
…吹っ切れてなんか、いない。
祐巳ちゃんが今日此処に来て、私はこの間の違和感が薄れているのを感じて…そして料理を作っている時にハッキリと自分の思いを口にした祐巳ちゃんを見て、ほんの少しだけでも吹っ切れてくれているのかも…なんて思った。
けれど、それは私の勝手な考え…思い込みでしかなかったと、今思い知らされた。
そんな簡単に吹っ切れたり、出来るはずがない。
自惚れなんかじゃなく、そう思った。
だって、私だって時折思うんだから。
祐巳ちゃんの『姉』の祥子。
今でも、祐巳ちゃんの中で『特別』な位置にいる祥子の事を。
祥子の存在を忘れてしまえたらいい。
でも、忘れてはいけないから。
栞の事を、忘れてくれるといい。
でも、それは多分無理だろう。
私は、ふらりとベッドから離れた。
「逃げるんですか?」
「…逃げる?」
思わず私は声に険がはらむのを感じた。
「…待ってて。水持って来るから。祐巳ちゃんは酔ってないって云い張るだろうけど、でも少し酔ってるのは間違いないから」
「酔ってなんか、いませんから、私」
祐巳ちゃんのそれを無視して私はキッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しでグラスに注いだ。
…多分、酔いは薄れているだろう。視点はハッキリしてきている。
でも、祐巳ちゃんの云う通り、私は逃げたかった。
祐巳ちゃんの、真っ直ぐな目から。
「…どうしたもんかな」
このままだと、間違いなく、荒れる。
去年のように。
…去年の今日、祐巳ちゃんと待ち合わせたM駅で見掛けた…栞らしき人。
そして私の前から消えた祐巳ちゃん。
私がどちらを追い掛けたかと云えば、それは祐巳ちゃんだった。
今思えば、全く迷わなかったのかと云えば、嘘かもしれない。
でもあの時は祐巳ちゃんを追う事しか考えられなかった。
…過去と現在、どちらを追うかと提示され、私は『現在』を選び取った。
でも、見掛けたのではなく、実際に栞が私の目の前に立ったとしたら…あんな風に微笑まれたら…私は、どうしただろう。
迷わない、なんて、云えないかもしれない。
それを祐巳ちゃんは、知っているのかもしれない。
そんな私の心の弱さを。
でも、『もしも』なんて事を今考えてどうなる?
私は、現在を選ぶ。
生きやすいように私を変えてくれた、少女を。
生きる事が楽しい事と、思わせてくれる少女を。
どうしようもなく、いとおしい、軽々しく愛を語れない程愛しい少女を。
グラスを手に寝室に戻って…私は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
よくグラスを落とさなかったものだと、自分を褒めたかった。
「…祐巳ちゃん」
自分の服を脱いで、ベッドの上に置いておいた私のパジャマの上着を素肌に羽織ってベッドに座っている、祐巳ちゃんがそこにいた。
「…聖さま、云いましたよね…お誕生日に何が欲しいですか?って聞いた時…私を欲しいって。私は、私をもう聖さまのモノだって思っていたんです。でも…聖さまは違ったんですね…私は、いつになったら聖さまのモノになれるんでしょう…」
「…祐巳、ちゃん…」
「どうすれば、聖さまのモノになれますか…?何度聖さまに抱いてもらえたら、私は…」
「祐巳ちゃん!」
私は、耐え切れなくて叫ぶように名前を呼んだ。
眩暈がする。
立っているのが、やっとだ。
「前ボタン、留めて」
「聖さま」
「お願い、云う通りにして」
目を伏せて云う私に、祐巳ちゃんがゆっくりとボタンを留めていく。
それでようやく呼吸が出来るようになった気がした。
「…飲んで」
「…酔ってません」
「解ってるから。でも、飲んで」
無理矢理その手にグラスを持たせると、仕方が無いと云うように水を飲む。
祐巳ちゃんの白い足から目を逸らすようにしながら、私は祐巳ちゃんの隣に腰を下ろした。
「…祐巳ちゃんは、祐巳ちゃんだけのものだよ…私のものになんてならなくて、いいの」
「…もう、いりませんか…?」
「そうじゃなくて…っ!」
声を荒げた私に祐巳ちゃんがビクッと肩を震わせた。
それに、ごめん、と呟く。
「そうじゃなくて…全てを誰かのものになんて、出来ないし、しちゃいけないんだよ…望まずにいられないほど、祐巳ちゃんを好きだけど、祐巳ちゃんの心は、祐巳ちゃんだけのものじゃなきゃいけないの。その上で、私を好きでいてほしい」
「聖さま…」
「私は、全て祐巳ちゃんのものになりたいけどね…この体も、心も、何もかも全て。生かすも殺すも祐巳ちゃんのたった一言…」
そこまで云うと、祐巳ちゃんが私の腕に縋り付いてきた。
そしてふるふると頭を振る。
その頬に、零れる涙。
「…駄目です…っ!」
「祐巳ちゃん」
「そんなの、駄目です…っ」
私の顔を見上げて云う祐巳ちゃんに、私はそっと微笑んだ。
心は、自由なものだから。
何かに縛られては、いけないから。
もし、私だけのものにして、私しか見ないように世界中全てのものから隠してしまったら…祐巳ちゃんの輝きは一瞬にして失せてしまうかもしれない。
私は、祐巳ちゃんの褪せる事のない輝きを失くしてしまう事が、恐い。
祐巳ちゃんには、いつでも自由でいて欲しい。
…そりゃ、たまには、その全てを束縛してしまいたくなるけれど…
その輝く目で、私を見ていて欲しいから。
「聖さまの云いたい事…解ります…解りました…でも」
「…何?」
「でも…私は、聖さまのものになりたいって…思います」
頬を染めて、そう云う祐巳ちゃんに私は苦笑する。
「…私も」
「え?」
私は祐巳ちゃんの体に腕を回しながら呟いた。
「私も、祐巳ちゃんのものになりたいし、祐巳ちゃんが欲しいよ」
矛盾してますね、と祐巳ちゃんが笑う。
私は、祐巳ちゃんを引き寄せながら云った。
「…いい?」
「…抱いて、下さい…」
ゆっくりと、目を閉じる祐巳ちゃんに唇を寄せた。
我慢なんて、出来るはずないのに。
いつも祐巳ちゃんは声をあげまいとする。
敏感な肌は、私の手が滑るだけでも震えている。
まだこの行為に慣れていない為の羞恥からか、完全に私に全てをゆだねられないでいる。
理性が飛んでしまうまでの間が、可哀想にあるほど。
だから、私は数えるくらいしか触れていない中で知った、祐巳ちゃんの良い場所を的確に攻めて行く。
その内に、声を抑える事など出来なくなるから。
そう、理性も何もかも、飛ばせて。
「…っもう…」
「…なに…?」
涙に潤んだ目を向けて賢明に腕を伸ばしてくる祐巳ちゃんについばむように口付けながら問い掛ける。
私の背に腕を回すと、耳に直接呟いた。
「私だけ…見て…っ…誰も…見ないで…っ」
「…見えないよ」
「う…そ…」
「嘘じゃない」
「うそ…つき…」
「ホントだよ…じゃなきゃ、コンナコト、出来ない」
「ん…っあ…っ!」
ひと際高い、嬌声が部屋に響いた。
熱を帯びる体から、汗が噴き出す。
私の手の動きに合わせるように動く腰。
「…いい?」
「や…聞か、ないで…」
唇を重ねて絡める舌に、祐巳ちゃんが甘く鼻から抜けるような声をもらす。
体は正直に私に快楽を教えてくる。
近付く際高みへと、私は祐巳ちゃんを追い込んで行った。
クリスマスだけど、雪は降らない。
ホワイトクリスマスなんて、滅多に無い。
でも、それでも何となく冷え込んできている部屋に、エアコンを操作する。
体温は上がっているけれど、冷えてしまえば風邪を引かせてしまうかもしれない。
…冷めないように、抱き続けてもいいけれど。
「…聖さま…」
「なに…?」
熱冷めやらぬ、といった感じの荒い息のまま、祐巳ちゃんが私を呼んだ。
「…お誕生日…おめでとう御座います……待ってて下さいね…追い掛けて行くから…先を歩いてる聖さまを…追い掛けて行きますから…だから」
唇を重ねてくる祐巳ちゃんに私は答えながら、頷く。
絡んでくる舌に、熱を帯びてくる体。
「好きだよ、祐巳ちゃん…だから、早くおいで」
いつか、対等な位置に立てるその時。
私の傍にいて。
私は対等だって思っているけれど、でもまだ祐巳ちゃんはそう思ってはくれていないから。
いつか、私を抱き合っている最中ではなく、素で『聖』と呼んでくれるようになったら…その時はまた一歩近付ける気がする。
その時が来たら…私も『祐巳』と呼ぼう。
早く…その時が来るといい。
これから何度も過ごすだろうこの日。
何度目のクリスマスの時に、君は私を呼び捨てにしてくれているだろう。
「ねぇ祐巳ちゃん」
「はい…?」
「『聖』っていつになったら呼んでくれる?」
「…聖さまが、私を『祐巳』って呼んでくれるようになったら…考えます」
最終執筆日:20041230