背中
「うーん?」
遠めに祐巳ちゃんを見掛けて、思わず唸ってしまった。
何をしているんだろ?祐巳ちゃんは。
銀杏並木をちょっとだけ外れた、一本の木の下。
あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
挙動不審、この上ない。
まぁその木はパッと見、死角になっていて普通では見えないかもしれないけど。
それが何故私には見えたかって云うと…
「もちろん『愛』、ですかね」
云って自分で苦笑い。
なーに云ってんだか。
全く、変わったものだ。
以前の私なら冗談でもこんな事を考えたり口になんてしなかったはず。
それが、こんな風に自分で口にして、自分で照れて、苦笑いしているなんてね。
しかし。
あの挙動不審は一体どうしたって云うんだろう。
思わず立ち止まって観察してしまう。
幸いにも辺りに生徒は少なめ。
祐巳ちゃんに気付いている者は無し。
…って、これじゃこんな処で立ち止まっている私の方が目立つって…
歩みを再開させて、私は銀杏並木から少し外れた。
「何やってんの」
「ギャッ!」
急に声を掛けたせいで祐巳ちゃんは本当にピョンと少し跳ね上がった。
「び、吃驚した…」
心臓辺りを押さえて呼吸を整える祐巳ちゃんに思わず悪戯心がムクムクと浮かんでくる。
こういう悪戯は卒業以来かもしれない。
「そんなに吃驚した?どれどれおねーさんにも心音確かめさせて」
「ちょ、ちょっと聖さまっ!」
わきわきと手を動かしながら近付くと両腕で胸をガードしながら後ずさる。
あ、ちょっと久し振りの反応かも。
思わずエスカレートしそうになったけれど、グッと抑えていつものように背後からふんわりと抱きしめた。
「何かあった?うろうろしてたけど」
「せ、聖さま…一応学園内ですから…」
「平気だよ。丁度死角だから。でも、ほんとにどうしたの」
真面目な声で云うと、祐巳ちゃんは「えっと…」と迷い気味に呟く。
遠めで見ていると、何かを探しているか、誰かを待っている様に見えた。
「祐巳ちゃん?」
「……待ってました」
「誰を?」
「…聖さま」
へ?私を?
急に、祐巳ちゃんの体が温かさを増した。
赤く、なっているのかもしれない。
「どうして、こんな処で?」
「ここで待っていれば…必ず通ると思ったので…」
首まで真っ赤になっている。
何故私を待っていた位でこんなに赤くならなくてはいけないんだろう?
「どうしたの?祐巳ちゃん…何か変だよ?」
「し、失礼ですねっ」
ぺちん、と叩いて腕から逃れる。
「だって聖さま、全然逢えないからっ」
うわ、祐巳ちゃんが真っ赤だと思ったのは、照れてるからじゃなく、怒っていたんだ!
最近、山百合会の方が忙しそうで、バスの時間も合わなかった。
しかも私もレポートとかでバタバタしていたしで、完全すれ違い状態だった。
「もういいです!」
ごきげんよう!と云って、銀杏並木道に戻っていく祐巳ちゃんを、私は慌てて追い掛けた。
「待ってってば」
「待ちません!」
スタスタと祐巳ちゃんは歩いていく。
でも、どうして私を待っていてくれたんだろう。
逢えなかったから?
私が逢いに行かなかったから?
逢えなくて、寂しかった?
逢いたいって思ってくれた?
だから、待っててくれたのかな。
「待っててくれたのに、待ってくれないの?」
小さな背中に声を掛けながら小走りに追い掛ける。
「…私は逢えなくて、寂しかったんです。でも、聖さまは平気そうですね!」
うわ。
怒っていて、完全に頭に血が昇っていて自分の云っている事の意味に気付いていないみたいだ。
私に逢えなくて、寂しかったんだ?
逢いたいって思ってくれたから待ってたんだ?
それなのに、今は怒って私に背を向けるんだ?
それじゃ、私のする事はただひとつしかないじゃない。
「祐巳ちゃん」
「…っ!」
ギャッ!と云わなかったのは、あそこに居る生徒たちのせいだね?
背後から、抱きしめて、今祐巳ちゃんは私の腕の中。
声を上げなかったことに私はニッと笑う。
「ごめんね。逢いたかった」
「…嘘ですね」
「どうして?」
「忙しくて、私の事は忘れてたんでしょ?」
何を根拠に。
「じゃあ祐巳ちゃんは?私を覚えていてくれた?」
「当たり前です…」
私は更に祐巳ちゃんを抱きしめる腕に力を込めた。
「ちょ…聖さまっ」
「抱きしめてないと、また行っちゃうから」
「行きませんってば」
「ホント?」
「本当ですっ」
なんだか不毛な云い争い、勃発。
「もうっ離して下さい!」
「話?してるよ」
「そ、そうじゃなくってっ」
それじゃぁ、と、私は祐巳ちゃんの肩を抱いて歩き出した。
「せ、聖さま…」
「これから私の部屋に行って話そうね。そこでなら抱きしめたってキスしたっておっけいでしょ?」
「せ、聖さまっ!」
真っ赤になって私の歩調にあわせて歩く。
全く。
今日はなかなかの1日だ。
さぁ、心の準備を、してくれる?
祐巳ちゃんの背中の押しながら、私はにっこりと笑った。
執筆日:20050112