『姉妹』…の、意味
(瞳子)




「解らないんだよね…こう云っちゃ何なんだけど」

乃梨子さんが何気なく、ポツリと呟いた。


祐巳さま、由乃さま、志摩子さまは修学旅行でイタリアの空の下。
祥子お姉さまは私用で帰られ、黄薔薇さまは部活へ。
1年生3人しか薔薇の館にはいない。

祥子お姉さまの事を伝えに来られた黄薔薇さまから云い遣った資料の整理をしながら、乃梨子さんが云った言葉に細川可南子も顔をあげた。
瞳子は首を傾げて乃梨子さんに聞く。

「何がですの?乃梨子さん?」
「教室でさ…見てると思うんだよね…『姉を作る』って事がただのステイタスって感じで…そこにそれ以上の意味が無いような感じがして」
「…まるで姉が『いる』っていう事だけが大事、みたいな…って事ね?」
「そうそれ」

乃梨子さんが細川可南子に向かって頷く。
そして手にしていた資料をテーブルに置くと、頬杖をついた。

「私は高等部からリリアンだからさ、他の人のいう『姉妹』の意味って何なんだろうって思うんだよね。それに私は志摩子さん…いや、お姉さまだから『妹』になったけど、他の人なら『姉妹』とか、そんなの考えられなかったと思う。瞳子はずっとリリアンだから、あーゆーの、どう思っているのかなぁっていっつも思っていたんだよね私」
「…私は…」

乃梨子さんの言葉に、細川可南子も瞳子を見ている。
その視線にちょっとムッとする。

『どうせ貴方も他の生徒と同じでしょ』

そんな風に思われている気がして。



「随分難しい事考えてるね」

ビスケットの扉が開いて黄薔薇さまが笑顔でそう云った。
全然階段を昇ってくる音に気付かなかった3人は本当に驚いてしまった。

「ロ、黄薔薇さま、部活の方は?」
「ああ、2年生いないし、柔軟体操だけでおしまいにしたの。でも『姉妹』の意味、とは…」

スッと立ち上がりお茶の用意を始める乃梨子さんに、黄薔薇さまは「ああ、ありがと乃梨子ちゃん。紅茶お願い出来るかな」と云いながらいつもの場所に腰を降ろした。

「『姉妹』の意味なんてそれぞれよ。だって、私のお姉さまなんて、私がこんな風だから妹にして下さったんだし」
「こんな風…?」

乃梨子さんが紅茶を差し出しながら不思議そうに呟く。

「私のお姉さま…前の黄薔薇さまは『変わり種』にめっぽう弱い人だったの。ほら、私は外見がこんなでしょ?だからお姉さまの目を引いたのね」

黄薔薇さまはその時を思い出したのか、懐かしそうに目を細めて、だからお姉さまの妹になれたんだけどね、と微笑んだ。

「私だって、由乃を妹にしたのは、ずっと小さい頃から一緒で、それこそ姉妹みたいに育ってきてるから、由乃以外の妹なんて考えられなかったし」

それにね、と黄薔薇さまは苦笑しながら続ける。

「顔で選んだって人もいるし、それだけでは無いだろうけど周りに煽られて賭の対象になって姉妹になったって人もいるのよ」
「か、賭…」
「顔…」

乃梨子さんと細川可南子は、信じられないという様な顔をしている。

賭、というのは祐巳さまと祥子お姉さまの事だって事は瞳子も知っているから、特に驚きはないけれど。

そんな二人に黄薔薇さまは笑みを深めながら、紅茶を一口、口に含んだ。

「部活に所属してると上級生のお姉さまに申し込まれて姉妹になるってケースは多いね。瞳子ちゃんも、そういう事あったんじゃない?」
「…それは…ご想像におまかせ致しますわ」

急に話を振られて驚いたけれど、ただ笑顔を見せるだけに止めた。

確かに、瞳子も姉妹の申し込みをされた事があった。
…申し訳ありません、と、お断りさせて戴いたけれど。

「ねぇ乃梨子ちゃん、可南子ちゃん。どうして高等部に姉妹制度があるのかは知ってるよね」
「あ、はい…『義務教育から離れて自分たちの力で秩序ある生活を送る事が出来る様に、上級生が下級生を、姉が妹を導く様に指導する』…でしたよね」

乃梨子さんの答えに「そう、正解」と黄薔薇さまが頷く。

「それが本来の『姉妹』の意味。それがいつのまにか特定の意味を持つ様になっちゃったけどね。切っ掛けはどんな事でも…それこそ中には乃梨子ちゃんみたいな出会いから姉妹になるケースもあるだろうけど」

なかなかそんな出会いは無いだろうしね、と黄薔薇さまは笑う。

「だから、『姉妹』ってものに憧れてしまう子たちがいるのは仕方がないと思うよ。まして中等部から高等部の姉妹制度を知ってる子なら尚更だろうね…」

黄薔薇さまの云ってる事は、瞳子には良く理解出来た。

とても憧れていたから。
瞳子の『お姉さま』になってくれる方は誰だろう、と。

祥子お姉さまが姉妹になってくれたら、と考えていたけれど、歳が二つ離れているから、きっと他に妹を見つけられてしまうだろう、と諦めた。
志摩子さまが1年生で白薔薇のつぼみになられたのを知った時、祥子お姉さまはまだ妹を持たれていなかったから、もしかしたら瞳子にも祥子お姉さまの妹になれるチャンスがあるかも、なんて淡い思いを抱いた事もあった。

でも、1年生でつぼみになられた志摩子さまを一目見て、志摩子さまの妹になれたら、と思った。

瞳子と1学年違いなのに、とても落ち着いていて、素敵だと、そう思ったから。
祥子お姉さましか知らなかった瞳子は、祥子お姉さまとはまた別に、志摩子さまという『お姉さま』に憧れを持った。

それが、乃梨子さんがどういう経緯からなのか志摩子さまとお知り合いだと知って…上級生なのに「志摩子さん」なんて呼んでいるのを知って、凄く驚いて、凄く悔しかった。

だから、マリア祭の時のあれは、ちょっとしたイジワルも含んでいたりしたのは、乃梨子さんには内緒だけど。

そういえば、祥子お姉さまの妹になったのが祐巳さまだと知った時もショックで。
志摩子さまみたいな方なら、祥子お姉さまに相応しいのに…なんて思った事だってある。

だって、初めて薔薇の館で逢った時も、おどおどしていて。
瞳子にも、おどおどしていて。

なんなんだろう、この人って思った。
こんな人、祥子お姉さまに…『紅薔薇のつぼみ』に相応しくないと思った。


…今は、そんな事、思わないけど。
今は、祥子お姉さまの妹に相応しい…『紅薔薇のつぼみ』という名に相応しい、素敵な人だと思うけど。

もしかしたら、祐巳さまの方は、随分と酷い事を云ってしまっている瞳子をあまり良く思ってないかもしれない。
でも、それは瞳子の自業自得だって…解っているから。


ほんの少し、悲しくなってしまったその時、黄薔薇さまが苦笑交じりに乃梨子さんと細川可南子に云った。

「…まぁね、乃梨子ちゃんや可南子ちゃんは高等部からだから、どうしてもそういう部分で馴染めない処もあるかもしれないけど、でも『姉妹制度』への憧れって部分も、解らなくてもいいから、理解はしてあげてよ」
「…なんとなく、解る気もします」
「そう?」

乃梨子さんと可南子さんは、黄薔薇さまの話の『何か』に納得したような顔をしていた。

そんな二人の顔を見ながら黄薔薇さまは紅茶を飲み干してニッコリ笑う。

「処で、資料の整理、どの位まで進んだ?」
「あ、あと少しです」

急に云われて乃梨子さんが慌てた様に処理済の資料をまとめて云う。

「そう。じゃあ後は明日にして、今日は帰ろうか。明日は祥子…紅薔薇さまも来るしね」



それから、皆でカップを洗ったり資料を片付けたり手早く室内を整頓し、鞄を手にビスケットの扉から出ようとした時、瞳子は、ふと、立ち止まり、振り返った。

綺麗に片付いた、部屋。

きちんとテーブルについている椅子。

その椅子には誰が何処に座るか、大体は決まっている。

「瞳子、どうしたの?」

扉の処で立ち止まって部屋を振り返っている瞳子を、乃梨子さんが階段の途中で見ている。

「いいえ、何でもありませんわ」

パタン

扉を閉めて、乃梨子さんの後について階段を降りていく。


…黄薔薇さまのお話を聞いたからなのか解らないけれど…


そんな事を考えて、瞳子は苦笑しながら薔薇の館を出た。

そして「困ったものですわ」と、自分に呟いた。


まだそんなに経ってもいないのに、祐巳さまが早く帰ってきたらいいのに、なんて。
早くあの笑顔が見たい、だなんて。




Fin??

後書き

最終執筆日:20040524

瞳子ちゃん、出番を自分でさらって行きました!ビックリです!
最初は1年生トリオの掛け合いみたいな話になる予定が令さまが「出して〜」といい、それに便乗するかの様に瞳子ちゃんが!
さすがです瞳子ちゃん!
女優です!(それは関係ないって)



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