嫉妬
(聖祐巳)






面白く、ない。

こんな事考えたって仕方が無い。
そんな事は重々承知。

そう。
考えたって仕方が無い…けど…

「祐巳、ほら…タイが曲がっていてよ」
「わわ、いつもすみません、お姉さま」

なーんてシーンを見せ付けられては面白くないって!

バスを待っていて、隣でそんな事されていたんじゃ私だって面白くない。

仕方ない。
ホントに仕方が無いって解ってる。

だって二人は姉妹なんだから。
それが縁で姉妹になった様な二人なんだから。

…でも、やっぱり私は面白くなくて。

私は大学、彼女は高等部。
それだけでも結構ストレス。
こればかりはどうにもならない、2歳の距離。

そりゃあさ、いくらもうそろそろ卒業式が近いったってさ…
いいじゃん、学校から離れた時位はさ…姉妹じゃなくてもいいじゃん。

なんて考えて、自己嫌悪。
ああもう、心が狭いよ、私…


そう、ダメだ、こんなんじゃ。

大事なものが出来たら、一歩引かないといけないのに。
このままじゃ、また二の舞を踏んでしまう。

求め過ぎて、独占したくて。
そうして、毀してしまっては、いけない。

私は同じ過ちを繰り返す訳には行かない。

お姉さまのお言葉を守る為にも。
私の為にも。
…栞の、為にも。

辛い思いをさせてしまった、栞の為にも、私は同じ過ちを起こしてはいけない。
そう、思う。



それから少し遅れてバスがやってきた。
バスは程よく空いていて、一番後ろの席に三人並んで腰を下ろす。

祥子が窓側に座り、祐巳ちゃんがその隣。

ちくり
また胸が痛んだ。

離したかった。
祥子から。
でも、そんなのはおかしいだろう。

姉の隣に、妹。
それが多分普通だろう。

いかんいかん。
痛む胸に手を当てて、軽く息をついた。

と、その時。
左手の、小指に何かが絡まってきた。

え?

視線を向けると、祐巳ちゃんの右手の小指が、私の小指に絡んでいて。

そっと顔を見ると、何故か祐巳ちゃんは『面白くないぞー』と言う様な顔をしている。
一体、どうしたと言うのだろう…

「祐巳?どうかして?」

祥子も祐巳ちゃんを見て気になったんだろう。

「え?何がですか?お姉さま?」
「貴方、今とても不機嫌そうな顔をしているわよ…何か…」

窺うような祥子に祐巳ちゃんは苦笑いを浮かべた。

「あ、いえ…なんでもないんです。そう、ですね…ちょっとお腹空いたからかも」
「あら」

祐巳ちゃんの答えに祥子が「それなら」とポケットからのど飴を取り出した。

「コレをあげるわ。おうちまで、これで我慢なさい」
「あ…有難う御座います。お姉さま」

するり、と左小指から祐巳ちゃんが離れていく。

ズキン

胸が、痛む。
こんな事で…。

私は苦く笑って腕を組むと、寝たふりをする事にした。

寂しくない。
寂しくなんか、無い。

祐巳ちゃんがのど飴の個袋を開くカサカサという音を聞きながら、堅く目を閉じた。


M駅に到着して、祥子と別れ、私もそのまま「じゃあね」と行こうとした時。
ふいに袖を引かれた。

「ん?どうした?祐巳ちゃん」
「…聖さま」

何かに傷ついた様な、そんな目をしている祐巳ちゃんに私は「これはどうしたものか」と首をかしげる。

「聖さま…ずっと、何か考えるような顔をしてました」
「え?」
「…私が手に触れても、何も返してくれなかったし…ちょっと手を離したら、もう触られたくないみたいに腕組んじゃったし…」
「…へ?」
「もしかして…誰か他の人の事とか…考えてました?」
「はぁ?」

最近の私は祐巳ちゃん化が進んでいるようで、「え?」とか「へ?」とか多い気がする。

だけど。
不安そうな祐巳ちゃんの顔を見ていたら、色々考えてグルグルしていた自分がおかしくなってきた。

「…祐巳ちゃん、ちょっとこっち来て」

人の多い所から少し離れて、あまり人通りのない通路にと祐巳ちゃんを連れてきて、そのまま顔を見詰めた。

「他の人って、何云ってんの」

ちょっと恐い顔を作って祐巳ちゃんの目を見据える。

「…だって」

祐巳ちゃんがクシャ、と顔を歪めて泣きそうになる。
その顔を見て、私は直ぐに表情を崩す。
ああもう、見てられない。
なんて可愛いんだろう。

「…祐巳ちゃんと祥子が、仲良しだから」
「へ?」
「ちょっと、面白くなかった…ごめん」
「聖さま…」

なんだ、と今なら笑える。
そうか、と今なら思える。

同じなんじゃないか、と。

私が不安なように、祐巳ちゃんも不安で。
私が気になるように、祐巳ちゃんも気になる。

なんだ。
そうか。

私たちはお互いに嫉妬していたんだ。

なんだか、空に向って笑いたくなった。

「…お腹、空きません?聖さま」

祐巳ちゃんが云う。

「ん?そういえば、ちょっと…」

そう云い終わるか、終わらないか。
ぐいっと腕を引かれて前のめりになった。

「うわっ、ちょ…、んっ」

唇に、軟らかな感触。

「…祐巳ちゃん?」

離れた唇に、驚いた目を向けた私に祐巳ちゃんが頬をちょっぴり染めて笑う。

「ごちそうさまです」



…こんな事があるなら、ちょっと嫉妬する位なら、いいかもしれない、なんて私は思いながら、祐巳ちゃんを抱きしめた。



後書き

執筆日:20040623

なーに書いてんだ私!
甘々?
これって甘々?
なんか痒くなってきた…慣れないものは書くもんじゃないね…

この話はちょっぴり先の事を書いてます。
うちの聖さまと祐巳ちゃんはまだお互いに何も告げてませんから。
だからこれは、聖さまと祐巳ちゃんの初チューじゃありませんので、アシカラズ(笑)



MARIA'S novel top