タバコの煙
(聖祐巳)
想像する。
その姿は多分映画のワンシーンの様にカッコいい。
……でも…
「…これって…」
テーブルに横たわってるソレを見て、祐巳は複雑な気持ちになった。
確か、二週間前にここに来た時には無かった。
聖さまが持っていれば、確かにカッコいいと思えるソレ。
絶対に、映える。
祐巳はソレを手にする聖さまを想像して俯く。
似合う。
凄くカッコいい。
でも…でもなんか…
そして、コレを聖さま自身が買ったものなんだろうか…という方向へと思考が動く。
…それとも…もしかして…
もしかして、誰かからのプレゼントなのかも…
綺麗な、銀色のライター。
…確か、ジッポとか云うものだったはず。
今思えば…部屋に入った時、煙がふわりと動いた気がした…
◇
「どうしたの?祐巳ちゃん」
部屋に訪れてから固まったように動かない祐巳ちゃんに、キッチンから飲み物の用意をしながら問い掛ける。
「…いえ…何も」
『何も』っていう声じゃないけど。
グラスに注いだアイスティーを手に祐巳ちゃんの傍に近付く。
祐巳ちゃんは一点を見詰めたまま。
…何だ?
私は祐巳ちゃんの目線の先を辿る。
そんな、固まる様なモノは何もないけど…
「祐巳ちゃん?」
グラスをテーブルに置いて顔を覗き込むと、ふい、顔を背けて寝室の方へと行ってしまう。
「ちょ…祐巳ちゃんって!」
バッグをいつもの場所に置いて、そのまま私の横をすり抜けようとするのを腕で遮った。
「何?どうかしたの?云わなきゃ、解らない」
「…この前はあんなの無かった」
「え?」
なんだ?
何か、あった?
不思議そうな顔をしてしまっただろう私に、祐巳ちゃんはぽそりと呟く。
「…吸うんですか?」
「は?」
「…ライター、ありました…吸う様になったんですか?タバコ…」
ああ、そうか。
…そうか。
私はテーブルに近付いてソレを手に取った。
「これの事?」
「…」
無言。
でも目が『そうだ』と云っている。
「コレは、この間見つけて私が買ったもの。…誰かから貰ったものではないから」
多分、気にしている事のひとつだろう事を先ず告げる。
…ほんの少し、安堵の表情が見え隠れした。
次…は、コレだ。
私はソレを手にしたまま、祐巳ちゃんの手を空いている片方の手で掴んで引き寄せた。
「え…!?聖さ…!」
手っ取り早い方法。
私は祐巳ちゃんの唇を塞いだ。
口腔内を、逃げる祐巳ちゃんを追い掛ける様にして、絡め取る。
逃がすものか…という様に。
「…っ」
祐巳ちゃんの、頑なだった気持ちやら体やらが、段々と緩んでいくのを確認して、ゆっくりと解放した。
「…どう?タバコの香り…する?」
頬がほんのりと赤くなった祐巳ちゃんが、首を横に振る。
「そりゃそうよ…コレ、ライターじゃなくて、お香立てなんだから」
「…え…?」
「ほら、横にスライドさせてごらん」
祐巳ちゃんにソレを持たせて開かせる。
カチ。
開くと、香を立てるための穴が現れた。
「…あ…」
驚いた様に、祐巳ちゃんは私を見る。
「私、てっきり聖さま、タバコ吸うんだと…」
「祐巳ちゃんが嫌がる事、私がすると思う?」
「…いいえ…じゃ、部屋に入った時、見えた煙は…」
「ああ、まだ残ってたんだ。さっき、焚いてたから」
「…そ…だったんですか…」
なんだ…、と祐巳ちゃんは苦笑する。
…正直、手を出しそうになった事は、ある。
でも…もし私が喫煙していたら…
祐巳ちゃんはきっと、嫌がるに違いない。
そう思うと、最後の一歩は踏み出せなかった。
「想像してみると、絶対カッコいい…そう思うんです…でも…ダメです。だって…」
「百害あって、一利無し?」
「ええ、そうです。だから聖さま」
祐巳ちゃんが恐い顔で私を見る。
それに、私は諸手を上げる。
「大丈夫、吸いません」
「絶対ですよ?」
祐巳ちゃんが確認する。
そんなに私はタバコ吸いそうなんだろうか…
「もし吸ったら…絶対聖さまとはキスしませんから」
…それは困る。
――今後絶対、吸おうとは思わないだろう…
後書き
執筆日:20040823〜20040824
ダメですよータバコは。
確かに自己責任かもですけど。
でもねぇ…吸いたくなる気持ちも解らなくもない。
私も手を出したくなるもん…