タバコの煙
(聖祐巳)




想像する。
その姿は多分映画のワンシーンの様にカッコいい。

……でも…





「…これって…」

テーブルに横たわってるソレを見て、祐巳は複雑な気持ちになった。

確か、二週間前にここに来た時には無かった。
聖さまが持っていれば、確かにカッコいいと思えるソレ。
絶対に、映える。

祐巳はソレを手にする聖さまを想像して俯く。

似合う。
凄くカッコいい。

でも…でもなんか…



そして、コレを聖さま自身が買ったものなんだろうか…という方向へと思考が動く。

…それとも…もしかして…

もしかして、誰かからのプレゼントなのかも…


綺麗な、銀色のライター。
…確か、ジッポとか云うものだったはず。

今思えば…部屋に入った時、煙がふわりと動いた気がした…








「どうしたの?祐巳ちゃん」

部屋に訪れてから固まったように動かない祐巳ちゃんに、キッチンから飲み物の用意をしながら問い掛ける。

「…いえ…何も」

『何も』っていう声じゃないけど。

グラスに注いだアイスティーを手に祐巳ちゃんの傍に近付く。
祐巳ちゃんは一点を見詰めたまま。

…何だ?
私は祐巳ちゃんの目線の先を辿る。
そんな、固まる様なモノは何もないけど…

「祐巳ちゃん?」

グラスをテーブルに置いて顔を覗き込むと、ふい、顔を背けて寝室の方へと行ってしまう。

「ちょ…祐巳ちゃんって!」

バッグをいつもの場所に置いて、そのまま私の横をすり抜けようとするのを腕で遮った。


「何?どうかしたの?云わなきゃ、解らない」
「…この前はあんなの無かった」
「え?」

なんだ?
何か、あった?

不思議そうな顔をしてしまっただろう私に、祐巳ちゃんはぽそりと呟く。

「…吸うんですか?」
「は?」
「…ライター、ありました…吸う様になったんですか?タバコ…」


ああ、そうか。
…そうか。


私はテーブルに近付いてソレを手に取った。

「これの事?」
「…」

無言。
でも目が『そうだ』と云っている。

「コレは、この間見つけて私が買ったもの。…誰かから貰ったものではないから」

多分、気にしている事のひとつだろう事を先ず告げる。

…ほんの少し、安堵の表情が見え隠れした。

次…は、コレだ。

私はソレを手にしたまま、祐巳ちゃんの手を空いている片方の手で掴んで引き寄せた。

「え…!?聖さ…!」

手っ取り早い方法。
私は祐巳ちゃんの唇を塞いだ。

口腔内を、逃げる祐巳ちゃんを追い掛ける様にして、絡め取る。
逃がすものか…という様に。

「…っ」

祐巳ちゃんの、頑なだった気持ちやら体やらが、段々と緩んでいくのを確認して、ゆっくりと解放した。

「…どう?タバコの香り…する?」

頬がほんのりと赤くなった祐巳ちゃんが、首を横に振る。

「そりゃそうよ…コレ、ライターじゃなくて、お香立てなんだから」
「…え…?」
「ほら、横にスライドさせてごらん」

祐巳ちゃんにソレを持たせて開かせる。

カチ。

開くと、香を立てるための穴が現れた。

「…あ…」

驚いた様に、祐巳ちゃんは私を見る。

「私、てっきり聖さま、タバコ吸うんだと…」
「祐巳ちゃんが嫌がる事、私がすると思う?」
「…いいえ…じゃ、部屋に入った時、見えた煙は…」
「ああ、まだ残ってたんだ。さっき、焚いてたから」
「…そ…だったんですか…」

なんだ…、と祐巳ちゃんは苦笑する。


…正直、手を出しそうになった事は、ある。

でも…もし私が喫煙していたら…

祐巳ちゃんはきっと、嫌がるに違いない。
そう思うと、最後の一歩は踏み出せなかった。

「想像してみると、絶対カッコいい…そう思うんです…でも…ダメです。だって…」
「百害あって、一利無し?」
「ええ、そうです。だから聖さま」

祐巳ちゃんが恐い顔で私を見る。
それに、私は諸手を上げる。

「大丈夫、吸いません」
「絶対ですよ?」

祐巳ちゃんが確認する。

そんなに私はタバコ吸いそうなんだろうか…




「もし吸ったら…絶対聖さまとはキスしませんから」


…それは困る。


――今後絶対、吸おうとは思わないだろう…






後書き

執筆日:20040823〜20040824


ダメですよータバコは。

確かに自己責任かもですけど。

でもねぇ…吸いたくなる気持ちも解らなくもない。
私も手を出したくなるもん…


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