雨の七夕、秘密の逢瀬
(祐巳)
今日は生憎の雨。
こんな雨では、織姫と牽牛も逢えやしないのではないか、なんて思ってた。
『やほー祐巳ちゃん、プラネタリウム行かない?今日七夕だから、特別プログラムやってるんだって』
聖さまからの電話。
雨降りだし、残念だな…なんて思っていた時にそんな電話が来た。
「わ、行きたいです!」
『じゃあお母様にお伺い立ててみてー。帰りは…今6時過ぎだから…んーと、10時過ぎちゃうと思うから』
側で聞き耳を立てていたお母さんにくるりと向き合う。
「お母さん、聖さまが…」
「いいわねープラネタリウム?そうよね、今日は七夕ですもんね…さすが白薔薇さまねぇ…失礼の無いようにね祐巳ちゃん」
…ですって。
なんだかお母さんには思わず苦笑いしてしまう。
「聖さま」
『ん、聞こえた。じゃあ30分くらいでそっち行くから、待ってて』
聖さまも苦笑してるのが解る。
でも聖さまがお母さんに絶対的信頼を得ているから、ちょっと帰りが遅くなっても結構大丈夫だったりするのが有難かったり。
ソファでやりとりを聞いていた祐麒はちょっと複雑そう。
なんだか、聖さまとの事、ちょっと気付いているみたい。
聡い子だから、祐巳の態度とか、聖さまの祐巳の扱いとかでなんとなく…って感じかも。
でも何も云わないで見守っていてくれてる感じが温かい。
それからきっちり30分後くらいで、インターホンが鳴った。
「なんかね、あんな風に信頼されちゃうと、心苦しいなぁ、なんて…」
ハンドルを握りながら聖さまが呟く。
「遅くならないようにしなきゃね」
「…はぁ」
「なぁに?祐巳ちゃん、ご不満?」
左手で、祐巳の頭をコン、と軽く叩く。
「ご不満って事も無いですけど…」
「…織姫と牽牛みたいに、一年に一、二度の逢瀬って訳じゃないんだから…さ」
はい、と小さく返事をする祐巳に、聖さまは笑みを深めた。
「でも、生憎の雨ですよね…折角の逢瀬が…」
「ん?なんで?」
「へ?雨だと逢えないんじゃないですか?」
「いいんじゃない?雲の上じゃあ晴天よ?この雲のお陰で下界からの野暮な覗き見が無くって、二人きりで逢えるじゃない」
聖さまが前方から目を離さずにそう云う。
はぁ…成る程、そういう考えも出来ちゃうんだ…
「それにさ、七夕は結局一年に二回はあるんだから。片方くらい二人きりで過ごさせろって感じじゃないの?」
「え?二回…って?」
小さい頃から織姫と牽牛が逢えるのは一年に一度だけ、祐巳はそう教わってきたけれど…聖さまは年に二回なんて云う。
そういえばさっきも「年に一、二度の逢瀬」って…
「日本ってね、旧暦で七夕をする所があるのよ。北海道や東北とか…あとはちょっとわかんないけど、8月の7日に七夕祭りをする所が結構あるんだって。ほら、お盆も7月の所と8月の所があるの、知らない?」
「はぁ…そういえば…」
「それと一緒」
へぇ…そうなんだ…なら年に二回っていう聖さまの言葉にも頷けた。
実はこっそり、織姫と牽牛は二回、逢瀬を楽しんでいたのかも。
そう考えるとちょっと不思議。
7月に別れる時に「また来月に…」とかって別れたりして。
そんな事を考えていると、聖さまがクスクス笑っているのに気付いた。
「祐巳ちゃん、百面相」
「あ」
「でもホントにこっそり逢引って、なんかいいね」
プラネタリウムは七夕特別プログラムで、お決まりの織姫と牽牛の物語をベースにした上映とか、色々あって楽しかった。
さすがに時間が時間だったから、カップルが多かったけど。
聖さまが云うには、昼間だとお子様が多いらしい。
アニメのキャラクターを使った上映とかもあるんだそうで。
上映が終わって、館の外に出たら8時を過ぎた所で。
聖さまが電話で云っていた時間より結構早く終わった事になる。
「さて…と」
んーっ、と伸びをする聖さまを見る。
この後は、どうするのかな。
まさか、帰ろうか、とか云われちゃうのかな…
折角の七夕。
織姫と牽牛は雲の上で水入らずの逢瀬を楽しんでいる。
こんな事でもなくちゃ、平日の夜になんて聖さまとは逢えない。
今日は電話が来て、聖さまに逢えるって思ったら本当に嬉しかったんだから。
「百面相」
つん、と頬を突付かれる。
「…だって」
なんだか、涙が出そうになってる祐巳に聖さまが微笑む。
「ねぇ、祐巳ちゃん。ちょっと小腹が空かない?二日目のカレーって美味しいんだけど、知ってる?」
「え」
それって…それじゃあ…
「部屋に来ない?ご馳走するよ?」
「…はい!」
ぎゅっ、と聖さまの腕にしがみついた。
雲の上の織姫と牽牛も、二人きりの貴重な時間を、きっと有意義に過ごしているに違いない。
後書き
執筆日:20040707
七夕って事で。
久々にこんな感じ。
ここ連日シリアス続きだったので…如何でしょうか。
私の生息地は8/7が七夕です。
まだ小学生の頃、7/7に七夕祭の所と8/7の所があるのを知って
「じゃあ一年に一度しか逢えないって訳じゃないんじゃないか?」
とか思った記憶が。
それを思い出しまして。
でも年に二度じゃあ浪漫も何もないですよねー