(祐巳)





「祐巳ちゃんってカラオケ好き?」

唐突に聖さまが聞いてきた。
相変わらず、突拍子の無い事を云う人だ。
助手席のシートに背を預けたままで、祐巳は溜息をつきながら答える。

「そりゃ嫌いではないですけど…でもあまり行った事ってないんです」
「そらまたどうして」
「…聖さま…それが幼稚舎から大学部までリリアンにいる方の科白ですか?」
「うん」

あーもう…この人は…
校則に『遊興施設への立ち入りは保護者の許可、もしくは同伴のこと』みたいな事が書いてあるってのに…

「だって私、蓉子や江利子とカラオケ行った事あるけど」
「ホントですか!?」
「うん。でもまぁ、祐巳ちゃんは真面目だし…校則気にするか…」

なんだか、引っ掛かる云い方にちょっとカチン、と来た。

「別に構いませんよ、聖さまが行きたいなら。それに聖さまは私よりもずっと『大人』ですから、保護者って云っても良いでしょうし」

プイッ、と横を向いて云う祐巳に、聖さまはちょっぴり苦笑い。
…こういう事しちゃうから、子供扱いされちゃうんだって、解っている。
でも…聖さまにそういう扱いをされるのは、嫌。

これはもう、理屈じゃない。

「…純粋に、祐巳ちゃんの歌声って聞いてみたいなって思っただけなんだけどね…じゃあ今日は保護者って事で、行っていい?」
「…いいですよ」





祐巳ちゃんの歌声が聞いてみたい…なんて云ってた人がどうしてアニメソングばかり歌っているんですか…

しかも昔のアニメらしく、祐巳なんかは懐かしの番組とかで聞きかじった程度の歌ばかりを嬉々として歌っている。

ちなみに、今歌っているのは「ヤッターマン」とか云うアニメの歌。
…祐巳は全く知らない。

でもアニメソングだけど、めちゃくちゃ上手。
バラードとか歌ったら凄そうなのに…

「さー祐巳ちゃん、次は何歌うー?」
「ねぇ聖さま、私のリクエスト曲歌って下さいよ」
「祐巳ちゃんのリクエスト?」
「はい」
「天城越えとか?」

なんでそこで演歌に行っちゃうんですか…って、その歌も歌ったら凄そうだけど。

「これ、なんてどうですか?」

開いているページの中の一曲を指差す。
それを見て聖さまは「ふむ?」と首を傾げた。

「バラード…だよね、この歌…なぁに?祐巳ちゃんってば私にラブソングを歌ってほしいと?」
「…だって聖さま、今まで歌ってるの、全部アニメの歌じゃないですか」
「んー解った解った、祐巳ちゃんは私に祐巳ちゃんへの愛情たっぷりに歌ってほしい訳だねー」

頑張っちゃうぞー、なんて云いながら、曲をセットする聖さまに祐巳は「どうしてこの人はこうなんだろう…」と、ひとりごちた。

前奏が聞こえてきて、耳かっぽじって良く聞いとけよー、といつかどこかで聞いたような事を云って聖さまはマイクを握った。



…うわ…っ!

思わず、鳥肌が立った。
やっぱり、思った通り、凄い。

良く伸びる声。
高音も、低音も綺麗に出る。

しかも、ラブソング。

歌っている聖さまも少し照れくさそうだ。

そんな姿を見ながら、聞いていると…何故か解らないけど、鼻の奥が、つん、として。
聖さまの姿が歪んでいく。

どうしちゃったのか、自分でも解らない。



「祐巳ちゃん?ちょっ…どうしたの?」

間奏部分で聖さまが祐巳の様子に気がついた。

「祐巳ちゃん…?」
「わ…かんな…」

うまく話せない。
祐巳自身、何がどうなってこうなったのか解らない、本当に。

「ああ…よしよし…」
しゃくり上げる程になっている祐巳を抱きしめて、ゆっくりと背中を撫でてくれる。
でも、そんな聖さまにも涙が出てくる。


そんな祐巳の耳に、歌う者がいなくなってしまった曲が、ただ流れこむ。

そしてゆっくりとフェイドアウトしていった。





後書き

執筆日:20040630

とある人の「聖さまって凄く歌うまそうだよね」という言葉からこの話は出来ました。

今回は甘々じゃないですよね?
すいません、甘々狙いで来てくれてる人。
たまにはこーいうのもどうでしょう…?

しかし、眠い。
連日夜中にSSを書いていたりするので、フラフラです…


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