忘れ物
(聖)




明日は、卒業式。

なんだかんだ云って、あっという間にこの日がやってきた。

さっき渡された忘れ物を机の上にポンと置いて、私は窓から見慣れた景色を端から端まで見渡す。

春が、もうそこに。

木々には芽が。
空の雲も冬のそれとは違う。
青ささえも違って見える。

ゆっくりと図書室で時間を潰してでも、見ておきたかった。
1年間、お世話になった、この風景を。

この風景を胸に留めて、明日この教室にさよならをする。
私はこの風景と、記憶と云う名の「忘れ物」をこの教室から受け取りに来た。

「思えば、愛しい、か…」

そういえば「仰げば尊し」の「思えばいと疾し」のこの部分をこう変えて云ってみたら、祐巳ちゃんがいたく気に入ってくれたっけ。
でも、ほんとにそうかもしれない。
つまらない授業の時、ここから差し込む日の光に何度も夢の中へと誘われそうになって、睡魔と必死に戦った事さえいい思い出だ。

3年生になってこの教室に来たばかりの頃は、お姉さまも卒業されてしまって不安ばかりだったっていうのに。
今思えばアッという間だ。



「忘れ物ですか?」

突然聞こえてきた、今考えていた人物の声に私は扉の方へと目を向けた。





「思えば、愛しい…か」

さっきまで居た、ツインテールの少女の足音が小さくなっていくのを聞きながら、唇の直ぐ側に受けた「餞別」に指を触れさせながら、トン、と窓枠に背を預けた。

「…やられた」

冗談のつもりだった。

『選別に、お口にチューしてもらおうかな♪』なんてのは。

いつも楽しい反応を見せてくれる少女。
高等部最後のからかい納めのつもりだった。

それなのに、あんな反応されて。
一度は逃げたのに、あんな行動を取られて。

駆け寄ってきた。
駆け寄ってきて、腕に手を添えられて。

背伸びして、近付いてくる、その顔。

唇から、ほんの少しずれた場所に、柔らかくて暖かい感触。


『餞別』っていうのは、送り出されるものが貰うものなのに、こちらが持って行かれちゃってどうするんだろう。

これで、決定的。
完全に、奪われた。


祐巳ちゃんは、「私の心」という名の忘れ物を取りに来たに違いない。


fin??



後書き

執筆日:20040611

『will』の、アレです(笑)
いつもは「最終執筆日」と書いてますが、ほんの30分前に降りてきて、たった今書いたものなので(笑)
もう「SSは鮮度が命」とばかりに打ち込んで、即日upです(ちょっと待てぃ!)

私は「will」で聖さまが祐巳に決定的に心を持って行かれたと思っていまして。
でもあの時、聖さまが祐巳に言うのは「愛しているよ」なんですよね…
私、聖さまは「愛してる」より「好きだよ」の方が言葉的に重いと思っているので、いつの日か云わせます。
ええ、絶対。

因みに「大好き」よりも「好き」の方が重いとも思っています。
「愛している」<「好き」>「大好き」
こんな感じでしょうか。



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