優しく、丁寧に
(瞳子)





丁寧に煎れれば、それだけ美味しくなるから

気持ちを込めれば、それだけ美味しくなるから






いつもより早目に来た薔薇の館。
思った通りまだ誰もきていない。

瞳子はポットの中身を入れ換えてから窓を開いて軽く掃除をすると、最後にテーブルを拭いた。

「これでよし、ですわね」

くるりと室内を見回して、瞳子は満足げに頷く。

まだ皆が来る時間じゃない事を腕時計で確認して。
瞳子はポットの中身が沸騰したのを見て、紅茶の茶葉の入った缶をかばんから取り出した。

先日、紅茶の専門店で試飲して、一目惚れしたお茶。

「…一人で飲むには、勿体無いくらいのお茶なのですけれどね…」

そう呟きながら、ティーポットにサラサラとティースプーンで入れた。

――丁寧に、丁寧に…
紅茶は丁寧に扱えば、扱う程、美味しくなるから…
大好きなあの人を思いながら、淹れれば…自ずと優しい気持ちで淹れられるから…

瞳子は以前、懇意にしている紅茶の専門店の店長の言葉を思い出しながら茶葉の缶をかばんに仕舞った。

「あ、瞳子ちゃん。ごきげんよう、まだ誰も来てないんだ?」
「…!」

ビスケットの扉が開いて聞こえた声に、瞳子は飛び上がらんばかりに驚いた。
古い階段は昇降にかなりの音を響かせる筈なのに、それにはまったく気付かず。
それが尚更に瞳子を驚かせた。
…まるでそこにふんわりと降り立ったみたいな感じがして。

「ゆ、祐巳さま…!まだ集合の時間にはお早いのでは…!」
「HR早く終わったしお掃除も無いから来ちゃった」
「よ、由乃さまは…」
「剣道部の方。集合の時間までには来ると思うけど…」

かばんを置いて、祐巳さまが踊るような軽い足取りで瞳子の傍に来る。

「あ、いい香り。紅茶淹れてるんだー」
「…はい。お持ちしますから、座ってお待ち下さいませ、祐巳さま」

そういうと、祐巳さまは「はーい」と云いながら椅子に腰を下ろした。

持参した砂時計の砂が落ちるのを見ながら時間を待っていると、祐巳さまが小さな子供の様に目を輝かせているのに気がついた。

「…何か?」
「へ?」
「じっと見ていらっしゃるので」

妙な落ち着かなさを感じつつ、瞳子は祐巳さまに問い掛けた。

「ああ、えへへー」
「何ですか」
「瞳子ちゃんっていつもお茶を淹れ方って丁寧だよなぁ…って思って。ティーバッグの時でも葉っぱの時でもさ」

見られていたという事に、瞳子は何となく気恥ずかしい感じがしながら「ええ、まぁ…」と呟く。

「紅茶は、丁寧に淹れれば淹れる程、美味しくなると云われましたので…」
「へぇ…そうなんだ…?」
「ええ。以前どなたかから聞いたのです。丁寧に淹れれば、その分だけ美味しく甘くなるのだと。大切な人を思いながら淹れると、優しい気持ちになれて、本当に丁寧に淹れられるのだ、と…」

瞳子はティーポットをそっとゆっくりと回しながら、そう云った。

コポコポ…と優しい音を立てながら、カップに注いでいくと、良い香りが立ち込める。

「…そうなんだ…」
「はい、祐巳さま」

どうぞ、と静かに祐巳さまの前に差し出し、瞳子は何故かほんの少し緊張しながら祐巳さまの言葉を待った。

ゆっくりとカップに手を掛け、ひと口。

「…わ、美味しい…!」

その言葉に瞳子の緊張がふんわりと解けた。

ほっとした様に息をついて「それは良かったですわ」と呟く。

「こんなに美味しいお茶を私に淹れてくれるんなら、瞳子ちゃんが大好きな人はもっともっと美味しいお茶を飲めるって事なんだね…ちょっと羨ましいな」

にっこりと笑顔で祐巳さまは云う。
それに微笑んで見せながら、瞳子は胸に手を当てる。

…なんて残酷な事を云う人なのだろう。


「…今以上に丁寧になど、淹れられませんわ」
「え?」
「いいえ。そろそろどなたかいらっしゃいますね、と」


そうだねぇ…と祐巳さまはお茶を飲みながら「今なら瞳子ちゃんの美味しいお茶が飲めるのにね」と笑った。


残念ながら、もうティーポットにはお茶は残っていません。
二人分だけしか、淹れませんでしたから。




後書き

執筆日:20040923

久々瞳子ちゃん。
たまには如何ですか?
50のお題『紅茶』と一応リンクしていたり(笑)


novel top