夜更け
(聖)
どうしたものかな、これは。
いつの間にか転寝していた。
ハッと気がつくと、もう少しで日付が変わろうとしている。
これは困ったぞ…
クッションを抱きしめて眠っている、あどけない寝顔に溜息をついた。
「聖さま、ここが解らないです…」
「ん?ああ…これは…」
土曜日。
半日授業だった祐巳ちゃんがお勉強道具一式を持ってやってきた。
最近の祐巳ちゃんは試験が終わると復習を兼ねてやってくる。
薔薇様になっても『何事にも平均点』では…とへこんでいた祐巳ちゃんに試験問題の復習の手伝いを申し出たのは私だ。
初めは「申し訳ない」と云っていたけれど、ひとりで勉強するよりは効率も良いし、何よりこうして復習する事で次の試験の出来にも良い影響が現れ始めたので、答案用紙が戻ってきた週末はうちに来る事が定番になった。
正直、相手が祐巳ちゃんじゃなければ、こんなことを私が言い出すなんて有り得ないんだけど。
「…これでいいんですか?聖さま…」
自信無さ気に解いた答えを見せる祐巳ちゃんに、どれどれ、と覗き込む。
祐巳ちゃんはケアレスミスがちょっと多いだけで、基本はきちんと理解している。
だから、そのミスさえ気をつければ大体はオッケイだった。
「…ん、オッケ。お疲れー」
「ふあ〜」
私の言葉を合図に、ノートに突っ伏す祐巳ちゃんの頭をポンポンと軽く叩く。
すると、パッと体を起こして「今回も有難う御座いました」とペコリと頭を下げた。
その仕草が可愛くて、ついつい微笑んでしまう。
「いいよー、他ならぬ祐巳ちゃんの事だからね…って、あらま」
ペコリ、と頭を下げたのはいいけれど、祐巳ちゃんはそのままテーブルに頭をくっつけて眠ってしまった。
「…祐巳ちゃん、そんなカッコで眠ったら、首が痛くなちゃうぞ?」
「う…んん…はい…」
ダメだこりゃ。
まぁ、試験中は勿論、試験勉強も結構頑張ってたみたいだし。
気が抜けたんだろう。
でもこのままの体勢は良くない。
「よっ」
テーブルから離して、クッションを枕にして横にする。
私のベッドに運んでも良かったんだけど…
理性が持つか解らないし。
もう少し、このままで。
祐巳ちゃんが少しでも、私を欲しいと思うまでは。
なんちゃってね…
自分で自分を笑う。
本当は、まだそのラインを越えるのも、越えさせるのも、恐いんだろうと思う。
『大切なものが出来たら、自分から一歩引きなさい』
これはお姉さまが卒業する時に私に残していった言葉。
この言葉が歯止めを掛けているのも確か。
微かに聞こえてくる寝息。
安心し切って眠る祐巳ちゃんを、恐がらせたくない。
…嫌われたくはない。
多分、それが本音。
寝顔が見える位置に私も体を横たえる。
こんなに安心して側にいてくれているんだから…
規則正しい寝息を聞いている内に、睡魔が襲ってきた。
私も、祐巳ちゃんの側だと安心出来るのだ。
「しかし、これはマズイよなぁ…」
遅くなるなら、いつもは必ず19時くらいまでに電話連絡を入れているのに。
何度時計を見直しても、ふたつの針はもう直ぐ0時の上に重なろうとしている。
祐巳ちゃんのうちは、本当に良いご家庭だから、きっと心配しているに違いない。
「…ん…?聖…さま?」
「あ、起きた?」
「はい…って、どうしたんです?顔色良くないですよ?」
そういって頬に手を伸ばしてくる祐巳ちゃんにグラリとなりながら、気を取り直す。
いかんいかん。
「ごめん祐巳ちゃん、もう0時になっちゃうんだけど、祐巳ちゃんのお家に何にも連絡入れてないんだよね」
「へ?…はぁ…」
「つい私もうとうとしちゃって…ご両親に電話入れてから帰った方がいいよね」
柄にもなく慌ててしまう私に祐巳ちゃんの反応は想像していたものとちょっと違った。
「あの…聖さま」
「ん?」
「私…家には『今日は聖さまのお部屋にお泊りしてくる』って云ってきちゃったんですけど…」
「…はい?」
頬を少し、紅く染めて、祐巳ちゃんが俯く。
「明日は日曜だし…ダメ、ですか?」
「え…ええ!?」
なんだなんだ?
これは一体どういう展開になっているんだろう。
「もし、ご予定があるなら…私…」
ほんのちょっと、不安の色を見せる目に、私はブンブンと頭を横に振った。
「ううん、何も無い」
私は祐巳ちゃんの手を引いて軽い力で抱きしめた。
「何も無いから……ここにいて」
後書き
執筆日:20040701
7月最初のSSがこれですか…私。
サブタイトルはやはりこれでしょうか?
「祐巳ちゃん、勇気を出す!聖さま、理性は何処まで保てるのか!」
ってな感じでしょうか。
勿論、まだまだ一定ラインを越えたりはしませんので。
アシカラズ。