夢の中へ
『お買い物行きませんか?』
珍しく祐巳ちゃんからお誘いの電話を受けて、私はいそいそと車の鍵を手に家を出た。
あと数日後に祐巳ちゃんと旅行に行くのだ。
そして旅行の楽しさって云うのは、現地に行く前からの準備期間もその内だ。
あれこれと持って行く物を買ったり。
「祐巳ちゃん祐巳ちゃん、こんなのどう?向こうで着る下着〜」
「な…!何バカな事云ってんですかっ!」
「ええ〜祐巳ちゃんのセクシーショット楽しみにしてたのにぃ」
「そんなの楽しみにしないで下さい!」
…なんて事も楽しみの内ってヤツ。
時間にして、それでも三時間ほど。
思った程買い物はせず、ほとんど冷やかし程度の私はいつもの事だけど、祐巳ちゃんもそんなにあれやこれやと買い物をするでもなく。
気がつけば祐巳ちゃんの手には二つの小さな袋しかなかった。
「他に買うものとかは無いの?」
「ええ。もう特には無いです。聖さまは?」
「ああ、うん。私も無いけど…」
まだ帰宅にはちょっと早い時間帯。
さて、どうしたものか。
「…どうする?お家に帰る?それとも、うちに来る?」
私の言葉にパッと顔を上げると「聖さまのお家がいいですっ」と微笑んだ。
それがなんとも愛らしい。
「じゃ、うち行こうか」
「はいっ」
満面の笑み。
思わず、「買い物ってのは口実で、ただ私に逢いたかっただけ?」なんて無粋な事を考えてしまう。
ま、それでもいいけど。
私に逢いたい、なんて思ってもらえるなら、本当に嬉しいから。
車に乗り込むと、歩き疲れたのか祐巳ちゃんが小さな欠伸を繰り返し、その内うとうと…と、し出す。
「眠い?祐巳ちゃん」
「…いいえ」
その返事に思わず苦笑する。
うとうとしているのにねぇ…
本当に眠そうなのに、祐巳ちゃんはいつも頑張って起きていようとしている。
眠っていてもいいのに…って思うけど、祐巳ちゃんは眠ろうとはしない。
「眠っていても、いいよ?」
「…はい」
そう云っても、祐巳ちゃんは起きていようとする。
どうしてなんだろう…といつも不思議に思う。
まぁ、十数分で着いてしまうから、なのかもしれないけど。
「…祐巳ちゃん?大丈夫?」
「…」
でも、部屋に着いても祐巳ちゃんは眠そうで。
しきりにまぶたを擦っている姿は可愛いけれど…
「ほら、ダメだよもう…少し眠りなよ、祐巳ちゃん」
「だって…」
「何?」
だって、で祐巳ちゃんの言葉は止まってしまう。
「ほら、祐巳ちゃん無理しないで、少し眠りなって。きちんと時間が来たら起こしてあげるから」
「…嫌です」
「祐巳ちゃん…いったいどうしたの」
頑なな祐巳ちゃんの態度に私も段々困ってきた。
「祐巳ちゃん?」
あれ?眠ったかな?
と、思ったらふんわりと口を開いた。
「…だって…もう少しで旅行なんです」
「うん?」
だからって今眠いのに眠らないのと何の関係があると云うのだろう。
「聖さまと、色々相談したり、したいんです…」
「相談?」
「…初めての聖さまとの旅行だから…旅行…行くから…聖……一緒…に…」
あ…そうか…解った。
『旅行の楽しさって云うのは、現地に行く前からの準備期間もその内』
という事なんだと思う。
だから祐巳ちゃんは『今』の時間も大切にしたいのかもしれない。
ああもう、かなわないな。
私はなんだかどうしていいか、解らなくなってきてしまった。
頑張って起きていようとする祐巳ちゃんを寝かしてあげたい気持ちと、祐巳ちゃんの望み通りにしてあげたい気持ちと。
「…祐巳ちゃん」
優しく、頭を撫でる。
するとその手の動きにあわせる様に頭が傾いで行く。
「…眠り…たくない…です…」
「…うん」
ついに睡魔に負けてしまった祐巳ちゃんをそっと抱き起こして、楽な様に体を横たえてやる。
祐巳ちゃんが目を覚ましたら、ほんの少しお話をしよう。
だから今は、夢の中へ。
出来れば私も夢の中に出演希望。
執筆日:20041205