許してほしいことがある
月が、窓から覗いている。
北海道で見た月と、丁度似たような欠け具合で。
「…祐巳ちゃん?」
身動ぎした祐巳ちゃんに、そっと声を掛ける。
まだ、目覚めない。
規則正しい寝息を聞きながら、私は尚も、夏の北海道の夜に思いを馳せた。
優しい時間が流れていた、一日目の、夜に。
†
部屋に戻ると9時半になろうという時間で。
私はあまり言葉を発しなくなっている祐巳ちゃんに声を掛けた。
「祐巳ちゃん、露天風呂、行ってみようか」
「…あ、そ、そうですねっ」
どうしたんだろう。
私は首を傾げた。
なんだか慌てているような、落ち着きの無さを祐巳ちゃんに感じた。
ホテルの浴衣を用意している祐巳ちゃんの背中に向かって声を掛けてみた。
「どうしたの?」
「ひゃいっ」
おいおい…声が裏返ってるよ…
祐巳ちゃん自身も自分の声に驚いている。
…ははぁん。
何となく、祐巳ちゃんの考えている事が解った気がした。
私はそれに気付いていないフリをする事にした。
ちょっとした、悪戯心だ。
「祐巳ちゃん…どうしたの…?ほら、露天風呂行くよ?」
「は、はい…」
浴衣を手に祐巳ちゃんの背を押す。
さて、どういう反応見せてくれる事やら。
丁度いいタイミングだったのか、5つある露天風呂のうちのひとつが空いていた。
内心、「ラッキー」なんて思ったのは内緒だけれど。
5つのうち、ひとつは大露天風呂。
あとの4つは小さめで人数にして10人くらいが入る事が出来るかなって感じ。
その4つは扉の傍に木の札が引っ掛けてあって、それを裏返して鍵を扉に掛けると貸切状態になるそうだ。
勿論、30分程度と決まっているけれど。
先に祐巳ちゃんを行かせると、私は札を『貸切中』にして、扉を閉めて鍵を掛けた。
祐巳ちゃんがおずおずと恥ずかしげに服を脱いで、「バスタオルのままお湯に浸かるのが禁止なんですもんね…」と云いながら、タオルで体を隠すようにしながら露天風呂への扉を開いた。
程よい熱気が脱衣場に溢れてくる。
私も祐巳ちゃんの後について扉をくぐった。
「へー、小さいけど露天風呂だぁ」
思わず当たり前の事を口にする私に「そうですね」と小さな声で云う。
かけ湯をして、お湯にゆっくりと入って行く祐巳ちゃんに新鮮な感じがする。
「…なんか、良いね」
「な、何がです?」
「色っぽい」
「……っ」
かけ湯の後、祐巳ちゃんの隣に体を沈めながら微笑む。
「恥ずかしい?」
「…そ…」
そんな事は…と呟く祐巳ちゃんに内心「やっぱりね」と呟く。
この間の連休の時。
初めて祐巳ちゃんと肌を合わせた。
それを意識してしまうのだろう。
…私もそれは同じだから。
あれから、初めて過ごす夜だし。
意識しない訳がない。
「祐巳ちゃんがそうやって髪をアップにしてるとこ、初めて見た。お風呂入る時はいつもそうなの?」
「…はい」
緊張してるなぁ…
疲れを取るためのお風呂なのに疲れてしまいそうなほどガッチガチだ。
「あ、ほら。月が見える」
さっき、私達の背中を追い掛けてきていた月が頭上にあった。
祐巳ちゃんも、私の言葉に目を上げた。
…月は見られるのに、私の方は見てくれないんだ?
莫迦なやきもちだと思いながら、思わず月に嫉妬する。
だから、思わず意地悪な事を云ってしまう。
「ねぇ、初めて一緒のお風呂だね」
こんな事を云えば、尚更意識してしまうって解っていながら。
案の定、祐巳ちゃんは真っ赤になって俯いてしまった。
「もうちょっとこっちおいでよ」
「…や、です…」
「どうして?」
「…恥ずかしい、ですから…」
可哀想なくらいに、真っ赤だ。
このままだと、のぼせてしまうかもしれないな。
だから、私からちょっとだけ、祐巳ちゃんに近付いた。
ビクッと体を揺らせたけれど、私がそれ以上近付かなかったのと、何も云わなくなったので、肩の力を抜いたようだった。
なのに。
少し経つと私の方をちらちらと気にし始めた。
全く、どっちなのやら。
思わず苦笑が出てしまいそうになったけれど、それをグッと我慢して。
「…聖、さま」
か細い声で、私を呼んだ。
露天風呂に来てから初めてかもしれない。
その時。
ちりりりりり…と30分を告げるアラームが鳴った。
札を反して鍵を掛けたら押すタイマーが終了時間を告げたのだ。
「あ、出なくちゃね」
「へ?あ、は、はい…」
何かを云おうとしていた祐巳ちゃんが出鼻を挫かれたと云う様に何処かガッカリしたように頷く。
先にお湯から上がると、その後ろを追い掛けるように祐巳ちゃんも上がった。
「30分なんてアッと云う間だね」
「そうですね…」
「…何も出来やしない」
「え?」
私は脱衣場へのとびらに手を掛けると、そのまま開かない。
「聖さま…?」
不思議そうに私を呼ぶ。
「どうなさった……っ」
近付いてきた祐巳ちゃんをそっと抱きしめた。
お湯から出たばかりの、温かい体で。
驚いた様に祐巳ちゃんは身を固くした。
素肌に祐巳ちゃんを抱きしめて、ゆっくりと唇を寄せた。
「…ん…っ」
鼻から抜けるように洩れた声に、一瞬我を忘れそうになった。
しかも格好が格好だし。
私は名残惜しさを振り切るように、唇を離した。
「…っ聖さまの…莫迦…っ」
いきなりの行動を目を白黒させて、祐巳ちゃんが云う。
私が冗談めかして云った言葉に怒りながら扉を開いた。
「湯上り祐巳ちゃん戴きー」なんていう私の言葉に。
「もう知りませんっ」と云いながら浴衣を着る祐巳ちゃんに私はゆっくりと、追い討ちを掛けるよう祐巳ちゃんの耳元に云った。
「一緒に旅行出来て、一緒にお風呂入れて嬉しいんだから、許してよ」
執筆日:20050126
な、なんでしょう…甘?
『北海道 ドキドキ☆夏旅行』も4本め突入です。
なんだか妙に甘々になったような…