amnesia
-24-





もっと。
もっと君に、近付きたい。
もっと触れたい。
もっと、もっと…

この気持は、私のもの。
そして…時間を戻してしまった、『私』のもの。












いつまでも祐巳ちゃんを引き止めておく訳にはいかない。
私はそう考えていた。

家に帰さなくてはならない。

でも、私の腕は祐巳ちゃんを抱きしめたまま。
全く、体は素直なものだと思う。

『祐巳ちゃん』を記憶したこの体は、祐巳ちゃんを欲している。

それでも。
体を叱咤し、やっとの思いで自分から祐巳ちゃんを引き離した。
本当に、もう帰さなくては。


「…聖さま?」

急に離された腕に怪訝そうな顔をする。

そんな顔、しないでほしい。
決心が鈍ってしまうから。

「ホントにもう、そろそろ帰らないと…ね。また明日も…来てくれる?」

私はどんな顔で云ったんだろう。
祐巳ちゃんは一瞬驚いた顔をした。
でも直ぐに、物凄い柔らかく微笑んだ。

「…はい…また明日も、絶対来ます」










自己嫌悪と、焦燥と。

そんなものを抱えながら、私はベッドに寝転んだ。

たった今、祐巳ちゃんを車で家に送ってきた。
一生懸命に申し訳ないと、ひとりで帰れるという祐巳ちゃんに「私が一緒にいたいんだ」と云って。
そんな私を、祐巳ちゃんは嬉しそうに微笑んで見ていた。

祐巳ちゃんには、解らない。
私が、どれ程欲しているかなんて。

…いつまで、誤魔化す事が出来るだろうか。
この気持を。

こんな私を見て、明かしてしまえばいいと、何故その気持をぶつけないのか、といわれるかもしれないけれど……祐巳ちゃんを恐がらせるんじゃないかと思うと、出来ない。
それに、お姉さまの『あの言葉』がいい感じに心は暴走するのを止めてくれている。
卒業される時に云った「一歩引きなさい」という言葉が。

いや…違う。
本当は私が怖いだけなのかもしれない。

こんなに醜い、醜悪な欲望を、知られたくない…そう思って恐がっているのかもしれない。





「……?」

どうにもならない気持に寝返りを打った時。
引き出しから紐が垂れ下がっているのに気がついた。

あれ…?

私は起き上がり、ベッドを下りてそこに近寄る。
引き出しの中には、小さな…リボンを掛けられたもの。

ふ、と思い出す。
時間が巻き戻った時、確かコレを見た。
その時、自分は誰かに物を上げるような人間じゃない…そう思った。

でも、コレは私が用意したものだ。
いや、正確には、私が欲したけれど、直ぐには手に入らなくて…蓉子が見つけてくれたものだ。

勿論、祐巳ちゃんへのプレゼントにする為。

そう…その為に…私は……

あ、れ…?
思い、出せない…?

私は何を祐巳ちゃんにあげようとしていた?
この中身は何だ?

「う…そでしょ…?」

全然思い出せない。
記憶が引っ掛かりもしない。

何故…?
私は前髪を掻き上げながらベッドに腰を下ろした。

コレ、は…何だ?

私は手にした『モノ』をまじまじと見詰めていた。




その時、携帯が着信を知らせた。
液晶画面には蓉子の名。
…何故だろう、舌打ちしたい気持になったのは。


「…はい」
『聖、祐巳ちゃんはうまく捕まえられた?』

蓉子の声。
ほんの少し、こちらの様子を伺っている。

その言葉に、うん、と答える。

『……そう。よかったわね』

蓉子の声に苦笑が混じっている。
最近の蓉子は、よくこんな風に苦笑混じりに答える事が多い気がした。

けれど今はあえて其処から意識を逸らし、手の中の『モノ』を見ながら蓉子に問い掛けた。

「あのさ、蓉子」

タイミングの良過ぎる蓉子からの着信。
私は何故蓉子が電話を掛けて来たのかを考えられずに。

「この間、蓉子に見つけてもらった、アレのことだけど」
『アレ?』
「思い出せないんだ…」
『……え?』

蓉子の次の句を遮ってしまった事に申し訳なく思いながら「思い出せない」事を告げた。
祐巳ちゃんへのプレゼントの為の、モノを。

『…他に思い出せてない事とかはあるの?』
「いや…」

ただ、この手の中の小さなものだけが思い出せない。
祐巳ちゃんに上げる為のもの、という事しか思い出せない。

中に入っているだろう物の記憶が…真っ白だった。

『開いて見てみようとは思わないの?』
「…なんだか、躊躇われてね。折角包装してるものだし」
『貴方は、一度包装を解いているはずよ』
「え?」

何故そんな事まで蓉子は知っている?
確かによく見るとセロテープを新たに貼り直した跡がある。

『もしかして…貴方が時間を戻した理由のひとつなのかしら、それも』

また苦笑。

自分の事なのに、解らない。
けれど親友は知っている。

なんなんだ。

「…開けてみたら、思い出す確率は、高いかしら」

苛つく。
何故私は私を解らない?
あの、時間を戻していた間の焦燥が甦ってしまう。

『それは…断言は出来ないけれど、かなりの確率で思い出せると思うけど?』
「…そう。解った」

思わず会話を切り上げに掛かってしまう。
何か用があって蓉子は掛けてきているはずなのに。
案の定、蓉子はそんな私を引き止めた。

『ちょっと待って。聖、聞いて』
「ああ…ごめん。何?」

それを思い出して私は携帯を持ち直す。
そしてとりあえず、手の中の『モノ』をベッドサイドに置いた。

『…明日は、薔薇の館へ行かなくていいわ。みんなには私と祐巳ちゃんから事情説明するから。志摩子ともさっき話して…貴方を少し休ませた方がいいって思ったの』
「は?」

何故…私が引き起こした事なのに。
さっきも祐巳ちゃんと別れ際に「明日、薔薇の館で」と云って別れたのに…

『貴方には、貴方が気付かない負担が掛かっているはずだから。体が、ではなく、精神的に、よ』
「でも、私が巻き起こした事なんだから…」

ちょっと待ってよ、という私に、溜息混じりに蓉子は『聞き分けて』と呟いた。

「…もしかして、祥子の事?」

今回のことで、祥子は酷く取り乱しているんじゃないか、と不意に思った。
その原因は勿論私自身で。
祐巳ちゃんは、本当に私を『見て』いてくれていたから…

『…否定はしないけど、でも祥子の事は姉である私がいるから、大丈夫よ。私は急に時間を取り戻した貴方の負担が心配なのよ』
「……」

蓉子の声は、何処か有無を云わせない処がある。
理にかなった事を云っていると、解るからなのだろうか。

「…解った」

でも、祥子とはキチンと話さなきゃいけない。
このままにはしておけない。

祥子は、祐巳ちゃんの姉だから。

蓉子には悪いけれど…でも今は了解を示さなければ蓉子も一歩も引かないだろう。

『有難う。じゃあ、切るわね』
「うん。わざわざ、ごめん」

ぷ、と微かな音と共に通話が切れる。

私はベッドサイドに置いた『モノ』を手に取る。

本当は通話を切ったら包装を解いてみようと思ったけれど。
でも、今回の事が本当の意味で終わって…それでもまだ思い出せていなかったら…その時に中を見ようと決めた。




…to be continied

next
amnesia -25-
20050425

大切な事から、目を逸らしていた。
そこに目を向けると、どうしようもない気持になった。

でも、私は彼女を好きだという気持を抑えられない。


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