意地っ張り
(聖祐巳)



どうしてだろうね

どうして、君はそんな風に笑ってくれるんだろうね
それが、嬉しくもあり、悲しくもある

百面相って、私は君の事を云ったけど
本当は誰よりもその心は複雑なのかもしれない

その笑顔に、誰もが誤魔化されているんじゃないだろうか?



だって今、君はその笑顔の下で、泣いている













「聖さま、夕飯どうしましょうか」

ツインテ−ルを揺らしながら、さっきまでの湿っぽさを払拭するかの様な笑顔を私に向ける。

…何度、この笑顔に救われて来ただろう。

でもそう思う反面、もうさっきの事は祐巳ちゃんの中では処理されてしまったのかと、思わず不満に思う。

それ位、笑顔が明るい。



『帰りたくない』



そう告げた、祐巳ちゃん。

勿論私だって…帰したくない気持ちでいっぱいだから。
だからって、私までそれを云ってはいけないと思った。

それに…求めるばかりでは…また、あの時の二の舞を踏むかもしれない。



…祐巳ちゃんのご家族は本当に良いご家族だと思う。
でも…自分の娘が同性と恋愛している、なんて知ったら…きっと平静だはいられないだろうから。

特に、私の親は。

栞との時、栞ばかりが諸悪の根源かの様に云った母親。

もし、祐巳ちゃんを思う私を知れば、また繰り返すに違いない。
そんなものに祐巳ちゃんを穢されたくはない。

あんな醜悪なものには…。



だからこそ、私は『帰したくはない』という、その思いをたった一度だけ、解放して…もう二度と口にはしないと、心に決めた。



けれど、祐巳ちゃんは、云ったんだ。

『いいんです。何度でも云ったって。だって、そう思うんですから。だから、何度でも云って…下さい。私も、云います。だって…口にして、云ってあげなきゃ…届けなきゃ、そう思った『気持ち』は何処へも行けなくなってしまう…』

そう、云ってくれた。

醜悪なものに支配されそうになっていた、私の心が、その言葉で軽くなった。




「聖さまってば」

おっと、祐巳ちゃんのアップ。
まん丸の目で私を見ている。

「ああ、ごめん。食材ならあるし、何か作ろうか…そうだ、祐巳ちゃんチキンライスとか、好き?」
「好きですっ」
「じゃあスパゲティ」
「大好きですっ」
「オッケ。じゃあオムスパライス、作ってあげよう」



満面の笑み。
この笑顔を見られるなら、何だってしてあげたくなってしまう。

そして反面、この笑顔を閉じ込めてしまいたくなる。

…世界は、二人だけのものじゃない。

解っているけれど…この部屋に、閉じ込めてしまいたい…

なんていう衝動が湧き上がってしまうのは、どうしようもない事なんだろうか?


私が、こんな事を考えているなんて、君は知らない。







…っていうか、知られても困るけどねぇ…


フライパンを手に苦笑していると、祐巳ちゃんが不思議そうな顔で私を見ていた。

「…どうしたのかなー?」
「いえ…聖さまが笑ってるから…」

声をかけると何故かもじもじしている。

それが何とも可愛いなーと思う反面、どうしたんだろうと思う。

「私が笑ってるから?何?」
「…嬉しいなって…」

コラコラ。

フライパン持ってなかったら抱きしめていた事、確実。



「はいはい、もう少しで出来るから、待っててね」
「…そんな邪魔にしなくてもいいじゃないですか…」

おや。
すねた。

出逢った頃、百面相なんて云った私もうまいもんだと思う。

「邪魔になんてしてません」
「嘘」
「ホント」
「…そんな聖さま、嫌い」
「私は祐巳ちゃん大好き」
「…〜っ」

ぷいっ、と背を向けてリビングに行く祐巳ちゃんを横目に、チキンライスとナポリタンの上にふわふわ卵を乗せて、フォークでちょい、と切れ目を入れるとオムレツがふわっっと解けて半熟乗せオムスパライスの出来上がり。

それをもうひとつ作って二つのお皿とサラダをトレイに乗せてリビングへ。

クッションを抱いてソファに座っている祐巳ちゃんの前にトン、を置いた。

「どうぞ。チーズが入ってるから、固まらない打ちに」
「……」
「では、戴きます」
「……」

祐巳ちゃんの隣に座ってスプーンを手に持つ。

パクリと一口。
我ながら、上出来。

すると、左腕にポスン、と重み。

「祐巳ちゃん?」
「…嫌いって云っちゃいましたけど…好き」
「おや、気にしていたんだ」
「…」

まだまだ、不安定な部分が隠れていそうだ。
笑顔を見せているものの、やはりそう簡単には晴れはしない。

…私も、それは同じだから。

でもお腹が空いていると、それは何故か倍増するから。
だから食べないと。
こんな時だからこそ。

「いいよ。今好きって云ってくれたから。ほら、冷めちゃうよ」
「…戴きます」
「ん、どうぞ」

スプーンでひとすくい。
ぱくりと口に入れて、笑み。

表情が、『美味しい』と語る。

これが見たくて、進んで食事を作ってるようなものだ。


…けれど。



「…美味しいです」
「…ありがと」
「……ぅっく…」

見る見る、笑顔が歪んで行く。

頬を伝う涙。


私は祐巳ちゃんの頭を引き寄せる。


「…食べなきゃ、おっきくならないぞ」
「…は…い」


私の肩に頭を預けたまま、パタパタと涙が落ちる。

「…よくTVとかでさ、給食残しちゃって、それ食べるまで遊んじゃいけませんって云われて、泣きながら食べてるっていう場面あるけど、今の祐巳ちゃん、それみたい」
「…っ…違います…っ」

泣き顔のまま抗議する。

でも全然ダメ。

涙が溢れて止まらない祐巳ちゃんに私は苦笑する。





祐巳ちゃんは、結局泣きながら、食べ終えた。


「ご馳走…様でした…」
「はい、食べられたねーえらいえらい」
「だから…っ」

違います…っ、と云おうとした祐巳ちゃんを、引き寄せて抱きしめた。


「…好きだよ…祐巳ちゃん」
「…っ」

トン、と祐巳ちゃんの手がこぶしを作って私の腕を叩いた。
再度、トン。
もう一度トン、と来て、その手はそのまま、私の袖を握り締めた。





「…まだ、夜は長いから…大丈夫…まだ、大丈夫だから」



pm7時を随分と回り、もう少しで8時になろうとしている。




あと、24時間。







後書き

執筆日:20040804

甘々を…と思って書きました…
っていうか、本当はこれでもかバカップルを書いてみたいんですが…っていうか十分そうですか?
私は全然そんな気ないですよ?ホントに。

なんかもう、カウントダウン始めました(笑)
でもこれ、正確じゃないんで。
もしかすると、これより短くなるかもしれないし、長くなるかもしれないし。

全ては聖さまに掛かってます。
長くなるも、短くなるも。


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