君を待つ
(聖祐巳)




カウントダウンが始まっている。




あと、祐巳ちゃんを送り届けなくちゃいけない時間まで24時間を切った。

…これは私が勝手に決めた時間だけど…夜の8時位までには帰さないといけない、なんて思っているから。

24時間。
長い様で、短い。


まさか寝ないで過ごす訳にもいかないし。

それに…


「…お風呂、入ってきますね…」


ほらね。こういう時間があるし。


「…私も一緒に入ろうかなぁ…」


思わず、そんな言葉がポロリとこぼれ落ちた。

別に何も考えずにこぼれ落ちた言葉なんだけど…
バスルームに足を向けていた祐巳ちゃんが物凄い勢いで私を振り返った。


「…へ?」


口をパクパクさせながら、真っ赤な顔をしている祐巳ちゃんに私は間の抜けた声を出してしまった。


「ど、どうしたの祐巳ちゃん?」
「な、何云ってんですか!聖さまのバカ!」


真っ赤な顔のまま、そう叫ぶと祐巳ちゃんはバスルームに駆け込んで行った。


「…あ、あれ?」

なんなんだ…?
祐巳ちゃんの慌てっぷりに首を傾げながら、冷たい緑茶を口に含んだ。

その瞬間、自分が落とした言葉がどんなものだったか考えた。


…一緒に、入ろうかな…?
お風呂に?
祐巳ちゃんと……?



「……んぐっ!」


お茶が、食道ではなく気管へと行きそうになってしまった。

あ、危な…かった…
危うく吹き出しそうになったお茶を何とか飲み込んで、ソファに深く体を沈めた。

本当に、何気ない言葉だったんだけど…
こりゃ祐巳ちゃん、今頃真っ赤な顔でお風呂から出た時の対応考えてるぞ…

その光景がなんとなく思い浮かんで、フッと笑みが洩れる。


…なんて、こんな事してる場合じゃないか。

私は普段は閉じているノートパソコンを開いて、膝の上に置いた。









聖さまのバカ!


祐巳はそれをさっきから幾度となく繰り返し…心の中で繰り返しながら髪を洗ったり体を洗ったり。

そして今は肩までお湯に浸かりながら、連呼。

バカバカバカバカ!
聖さまのバカ!
やっぱりオヤジなんだから!


でも、そう思いながら、ほんのちょっぴり、ホントにほんのちょっとだけ、バスルームに駆け込んだ自分を後悔していたり。


…だって、こうしてる間は、離れちゃうんだもん…やっぱり…


そう考えて、ハッとする。


い、いや待て私!
この考えは危険過ぎやしませんか!?


ブンブンと頭を振って、更にお湯に体を沈めて口元に来ているお湯をブクブクさせた。

ああもう…落ち着いて入ってられない…

祐巳はいつもより長く浸かっていない様な感じなのに、いつもよりも熱くなっている体温やら何やらに溜息をついてお湯から出て、ドアを開いた。

脱衣所が、いつもより涼しく感じる。

バスタオルを体に巻いた時、クラリと目が回る感じがして壁に手を付こうとした。
けれど、手は壁に触れず…祐巳の目に見える世界が真っ白になった。






そろそろかな…と、そう思ってパソコンを閉じて、十数分。

祐巳ちゃんが大体バスルームから出てくる時間になっても出てこない。

…今日は長湯だな、なんて思っていた、まさにその時。


ガタン!


バスルームの扉のすぐそばから大きな音が聞こえた。

「祐巳ちゃん!?」

まさか…
私はバスルームに駆け寄ってコンコン、とドアをノックして「祐巳ちゃん?」と声を掛ける。


…応答無し。


「祐巳ちゃん!開けるからね!」


一応断りを入れてドアを開くと、バスタオルを体に巻いた姿のまま、真っ赤な顔で倒れている祐巳ちゃんが目に飛び込んできた。


「祐巳ちゃん!」


抱き起こした体がかなり熱い。


…のぼせたか…

取り敢えずソファに運ぼうと体を抱き抱えて、移動。

何も考えずにお姫様抱っこと云われるソレをしている自分に気付く。


「…軽くてよかったよ、ホント」


思わず苦笑しながらソファへと祐巳ちゃんを運んで、そしてキッチンへと行く。

冷やしたタオルと保冷パック、そしてグラスにクラッシュアイスを入れたミネラルウォーターを用意して、ソファに戻る。

保冷パックはタオルで巻いて、祐巳ちゃんの額に置く。
そしてひざまずくと気管へ行かない様に少し頭を起こしてから、グラスの水を口に含んで、祐巳ちゃんに口移しで飲ませた。


…こくん


祐巳ちゃんの喉が動いたのを確認して、それを繰り返す。


何度か繰り返して水を飲ませてから、小さめの氷を選んで祐巳ちゃんの口に含ませた。


…こんなもんかな…


ふっ、と息をついて、私はソファに腰を下ろした。


そして祐巳ちゃんの頭を膝の上へ置いた。


先程よりは赤みが治まった頬にそっと触れる。


…なんか、思わぬ事になったな…
だけど、こんなに私を慌てさせるなんて、祐巳ちゃんだけだよ。


自分の一連の行動に苦笑しながら額のタオルが冷え過ぎていないかを確かめて、それをまた額に乗せた。


「…ん」


小さく、声を漏らした祐巳ちゃんに、私はその顔を覗き込む。


「…気がついた?祐巳ちゃん」
「…聖、さま…?」


まだぼんやりとしている感じが可愛くて、思わず微笑んでしまう。

「のぼせちゃったんだよ。気分、悪くない?吐き気とか…」
「ひゃっ…!」

自分の体勢や格好に気がついたのか、起き上がろうとする祐巳ちゃんを、私は慌ててそれを止める。

「駄目だよ祐巳ちゃん!」
「だ、だって…」

居心地悪そうに体を動かす祐巳ちゃんの額の上のタオルに手を乗せて、少し強く云う。


「もう少し、このままでいなさい!」
「は、はい…」


ビクッと体を強張らせて、祐巳ちゃんは大人しくなった。


「…ごめんなさい、聖さま…」
「なに謝ってんの」


苦笑しながら表情を和らげると、ホッとしたのか、祐巳ちゃんの体から力が抜けた。


「…でも…おかしいな…そんなに長くなんて入っていなかったのに…」


呟く祐巳ちゃんに、私は呆気に取られた顔をした。


「何云ってんの。いつもより長いよ?確実に30分はいつもより長い」
「へ?ほ、ホントですか?」
「うん。だから心配になって声掛けに行ったら…」


あうう〜、と祐巳ちゃんは声を洩らす。


「私、いつもより早いと思ってました…」
「お湯に浸かって眠っていたんじゃないの?ダメだよー危ないから」
「寝てません!」


睨んでくる祐巳ちゃんに笑う。

だって、全然迫力ない。
しかも、頭は私の膝の上。

なんだか可愛くて仕方が無い。


「そうですよ、聖さまが『一緒に入ろうかな』なんて云うから私、色々…」


そこで、祐巳ちゃんの言葉が途切れる。


「ん?どうした?」
「…聖さまの、バカ」


何故か、顔を紅くして口をつぐんでしまった。


「祐巳ちゃん?どうしたの」
「…何でもないです」


おや。
なんだろう。
祐巳ちゃんの視線が、少し離れた処にある鏡に向いているのに気が付いた。
ソレを見ていたら、何故か私まで顔が赤くなってきた。


「…聖さまこそ、どうしたんですか。顔、赤いですよ?」
「…なんだろう…わかんないんだけど…」


これは、どうしたものか。


鏡に映っている、姿。

私の、というか、私と祐巳ちゃんの体勢っていうか…姿っていうか。

それが、妙に…艶かしくて。


まずいな。


私が思っている様に、祐巳ちゃんも思ったのだろうか?



もし、そうだったら。


「祐巳ちゃん」
「はい…」


ちょっと、祐巳ちゃんの目が泳いでいる。


「…目、閉じて」



…私は次の祐巳ちゃんの反応を、待った。



後書き


執筆日:20040805


ちょっと、何なんでしょう、この展開(笑)




すいません、逃げます!←照れたらしい。

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