悲しい日
(祐巳)
聖さまのお部屋に、お泊り。
三連休だから、二泊。
『三日も聖さまといられる』
最初はそう思って嬉しくて。
何をしようか、とか、どんな事をお話しようか、とか。
お泊り道具をバッグに入れながら考えていた。
早く、聖さまに逢いたくて。
早く早く、逢いたくて。
◇
二日目の、朝。
いつもより、ちょっと遅い朝ごはん。
聖さまと、ほんの少しお寝坊。
かといって、眠っていた訳じゃないけれど。
二人でゴロゴロしていた。
そう、ただゴロゴロって感じ。
昨夜…聖さまと…ついに、っていうか……
あの……ね?
ああもう、言葉に出来ない。
嬉しいのと、恥ずかしいのと…混ざり合った感情。
でもそれが決して嫌な訳じゃない。
言葉にならないのが、また…
昨夜の聖さまは、とても綺麗で。
こんなに綺麗な人に触れられて、祐巳はどうしようもなくなってしまって…
好きな人に触れられる、幸せ。
けれど、好きな人に触れられる、恐さもあって。
朝になったら何か変わってしまっているんだろうか、なんて思った。
そうしたら、祐巳はどうすればいいんだろう…と。
聖さまが、違っていたら…なんて。
何がどう変わってしまうかなんて、解らないけど。
でも。
聖さまは、やっぱり聖さまで。
祐巳もやっぱり、祐巳で。
ちょっとだけ、照れくさそうにしている聖さま。
なんとなく、気恥ずかしい祐巳。
祐巳は一体何を考えていたんだろうと思った。
何も、変わらない。
だって好きな人としか出来ない事をしたんだから。
『好き』って気持ちを確かめあったんだから。
ちょっぴり、ドキドキして…ちょっぴり恐くて。
聖さまとしか、感じる事の出来ない幸せな時間だったんだから。
「…祐巳ちゃん?どうかした?私の顔に何か付いてる?」
「はぇっ!」
ボーッとトーストを持ったまま聖さまを見詰めてしまっていたらしい。
何故か紅くなって「いいえ」と云ってトーストにかじりつく。
「ははぁん…見惚れてたね?私に」
「はい…って、ええっ!?何云ってるんですか聖さま!」
あらホントに?みたいな顔をする聖さまに祐巳はパニックを起こしてしまう。
そんな祐巳に聖さまは苦笑いしている。
「…聖さまって…綺麗ですよ、ね…今更ですけど…」
祐巳の苦し紛れな言葉に、聖さまはなんだか複雑そうな顔をする。
「私、ソレって良く解らないんだよね…確かに、外見は目に見えるものだし、言葉にしやすくて解り易いものだけどさ。でも、私は何処が?って気がするんだ」
「…そう云われるの、嫌ですか…?」
「嫌っていうか、ちょっと苦手」
「…そう、ですか…解りました、もう云いません…」
目に見えてシュンとしてしまったのか、聖さまがちょっと驚いた顔をしている。
…よく考えれば、その通りかもしれない。
外見だけで人を見る人もいる訳で。
そんなのは、とても失礼な事なのかもしれない。
内面なんて誰にも見えないからって、外見を見て判断しようするのは…祐巳だって嫌だ。
それを云われ続ける人にとっては、嫌悪に値する言葉かもしれない。
「ゆーみちゃん」
名を呼ばれて俯き気味だった顔をあげると、コーヒーカップ片手に苦笑している聖さまがいる。
「別に、祐巳ちゃんに云われるのが嫌だなんて云ってないよ、私。祐巳ちゃんは、私の外見だけを見ているって訳じゃないでしょ?私の『お綺麗』な処だけしか見てない訳じゃないでしょ?少なくても、私の中にある醜い部分も弱い部分も、祐巳ちゃんは知っていてくれて、それでも私の側にいてくれるんでしょ?」
「聖さま…」
なんでだろう、涙が浮かんで来た。
視界が見る見る歪んでいく。
聖さまの笑顔が、涙で歪んでいく。
「はい…」
コクリ、と頷く。
それしか出来ない。
どうして祐巳が励まされているんだろう。
どうして祐巳が嬉しい気持ちにして貰っているんだろう。
どうして、聖さまは、祐巳に優しいんだろう…
それは…祐巳を、好きだと思ってくれているから。
祐巳の全部を聖さまは好きだと思ってくれているから。
自惚れなんかじゃなく、それは解る。
本当に、大事にしてくれるから。
でも、聖さまが優しくしてくれるからって祐巳は聖さまを好きになった訳じゃない。
祐巳だって、今知ってる聖さまの全部が好きだから。
「祐巳ちゃん…なんで泣くかな…」
聖さまが困った顔をする。
祐巳は椅子から離れて、聖さまの側に行く。
見上げてくる聖さまの視線から微妙に逃れて、呟いた。
「…聖さま…」
「…ん?」
「抱きしめても、いいですか?」
聖さまが吃驚した様な目をする。
こんな事、祐巳からは滅多に云わない…云えないから。
「…いいよ、来て」
ふわっと微笑まれて、祐巳はその笑顔に引き込まれる様に聖さまを抱きしめた。
温かい、聖さま。
聖さまの背に腕を回して、抱きしめているのは祐巳なのに。
聖さまはただ祐巳の背をポンポンと軽く叩いているだけなのに。
何故だろう。
聖さまに包まれて、抱きしめられている感じになるのは。
「…今日の祐巳ちゃんは、ちょっぴり不安定だね…」
「…そうでしょうか」
「…ん…ちょっぴり、ね」
背中を叩いていた手が、クシャリと髪を撫で梳く。
まだ髪をまとめていないから、その感覚は新鮮。
「…聖さまの事が、好きで…好き過ぎて、どうしよう…って…」
「…祐巳ちゃん」
「どうしよう…」
止まり掛けていた涙が、また溢れてきた。
聖さまが、そっと祐巳の体を離して、泣いている祐巳を見る。
「ほんとだね…」
「…え?」
祐巳の下ろしている髪を手で後ろへまとめると、ゆっくりと唇を重ねてきた。
軽過ぎず、けれど深く重ね過ぎない、そんなキス。
「…私も、祐巳ちゃんが好き過ぎる…」
ぎゅっと、聖さまが祐巳を抱きしめた。
どうしよう、悲しくて、悲しくて、どうしよう。
あと今日と明日。
こんな風に聖さまと一緒に過ごせるのは二日しかない。
正確には一日と、半分くらいかもしれない。
明日の夜には、祐巳は家に帰らなくてはいけないんだ。
そう思ったら、悲しくなった。
これから先も、聖さまと過ごして、お家に帰る日は祐巳にとって『悲しい日』になる。
家が嫌な訳じゃない。
ただ、聖さまと一緒にいたいだけ。
…今は、それをなんとか忘れなくちゃ。
この悲しさを忘れなくちゃ。
だって、まだあと二日もあるんだから。
また今晩、一緒に眠れるんだから。
また明日の朝、一緒に朝を迎えられるんだから。
…明日の夜までは、一緒なんだから。
「聖さま…」
「…ん?」
「今日は、何をしましょうか…?」
後書き
執筆日:20040730
一緒にいられる時間って、楽しくて幸せで温かくて…
でも、帰らないといけないんですよ、いつかは。
それが寂しいんですよね…。
好きな人となら尚更。
しかも聖さまと祐巳ちゃんは今尚更離れたくないかも。
みなさんは如何でしょうか?
宜しければ感想と一緒に。
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